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「家出して来ちゃった」
 笑顔と共にそう第一声を放ったの姿に、万事屋の面々はくわっと顔をしかめたのだった。




跳べない兎





「帰れッ!!」
 開口一番そうまくし立てた銀時に、傍らの神楽がぷくっと顔をしかめた。
「ひどいアル、銀ちゃん! DV夫から逃れてきた女の子を追い返すなんて最低ネ!」
「や、DV夫じゃないからね、神楽ちゃん」
 冷静に突っ込む新八だが、その顔にはやはり銀時と同じく、恐怖が貼り付けられていた。
 それもそのはず。
 その日、万事屋を訪ねてきたのは、夜兎族にして春雨・第七師団の団員である ―――― 何を隠そう、彼女はあの神威の恋人なのである。
 それほど二人の事に詳しくない新八でさえ、神威の執心のほどは聞き及んでいた。曰く、にちょっかいを出そうとした男を血祭りにあげた、声をかけただけの男を半殺しの目に合わせた。
 あの普段飄々とした ―――― おおよそ食う事と、戦う事にしか興味のない神威が、唯一心を許し欲した女なのである。匿ったりでもしたら、こちらにも被害が及びかねない。
「あ、あのう……ちなみに神威さんはこの事……」
 恐る恐る尋ねた新八に、は知らないよ、と素っ気無く返した。
 瞬間、新八の中で悪い予感が現実のものへと変わる。
 奴は必ず、来る! がこの場所にいる限り、必ずあの化け物はこの場所を突き止めるに違いない。
「ま、まずいですよ、銀さん。神威さんに乗り込まれでもしたら、ウチ吹き飛んじゃいますよ。今月の家賃もまだ払ってないのに」
「あー、新八! お前も女の敵アルか!?」
「そうじゃないって。ただ、こういうのは本人達の問題であって……」
「そーそー。どーせこの手の話は、くっだらない事が原因なんだよ。んなもん、乳繰り合ってりゃそのうち自然と解決すんだって」
 耳の穴に小指を突っ込んで、さも面倒くさいと言わん顔で呟く銀時に、は拝み倒すように両手を合わせた。
「お願い、銀さん! 私、他に頼れる人なんていないし」
「悪いが他をあたってくれ。ウチは駆け込み寺じゃねェんだよ」
「でも、ここは万事屋でしょ!? お金はないけど、私……」
 は恥ずかしそうに顔を俯かせると、ちらりとチャイナドレスの裾から足を覗かせた。
「ッ!?」
 銀時の脳裏に電撃のような物が走る。
 それは、つまり ―――― 助けてくれたら、自由にしていいわ的な……さん、そういう事っすかァァァァァ!?
 ゴクリ、と銀時は生唾を飲み込む。
 夜兎族という事を除けば、は驚異的に可愛い。スレンダーな身体でありながら、付く所にはちゃんと付いているし、若干ツンツンした所も銀時のドストライクである。
 神威の恋人でなければ、イッパ ―――― じゃなかった、是非とも仲良くさせていただきたいと思っていたわけで、これは銀時にとって渡りに船、チャンスでもある。
 銀時はわざとらしくコホンと咳払いをすると、新八に目配せした。
 えぇっ、マジですか、銀さん ―――― !?
 バッカやろう、据え膳食わぬは男の恥っていうだろーがァ!
 えぇっ、でも死んじゃいますよ!? 跡形もなく消されちゃいますよォォォォ!?
 腹上死なら本望だろーが! いいから早く神楽連れてけェ!
 そんな事を視線でやり取りしてから、新八は渋々と神楽を店の奥へと連れていった。神楽は怪訝そうな顔をしていたが、新八に大人の話だからと諭されて素直に従った。
 二人だけになった部屋の中で、銀時はおもむろにの隣に腰を降ろす。
「あー、まぁ、水心あれば魚心ありってわけでな……」
 がしっと逃げられないようにの肩を抱く。
 思いのほか細い。あれだけの怪力を有しているのだから筋肉隆々かと思いきや、力を入れれば折れてしまいそうな華奢な肩だ。
 さわさわと肩を撫でる指先には怪訝な表情を向けつつも、良かった! と嬉しそうに手を叩いた。
「そ、そうか? まぁ、あんな暴力彼氏なんざより、俺の方が何倍も優しくしてやれ ――――
「お金はないけど、もし銀さんが引き受けてくれなかったら、私……」
 すらりと、チャイナドレスの裾を翻し、銀時がゴクリと唾を飲み込むと ―――― どこに隠していたのか、の手には黒光りする日本刀の鞘が握られていた。
「……あれ?」
「これで、武力交渉しなくちゃいけない所だったから!」
 のちらり、の意味を完全に取り間違えていたと悟った銀時は、一瞬にしてさぁっと顔を青ざめさせた。
 協力してくれるよね? と手に物騒な物を抱えながら、は可愛らしく小首を傾げる。
「きょ、協力って……?」
「私、独り暮らししたいの。水商売でも何でもいいから、バイト紹介して欲しいなと思って」
 それは ―――― 春雨から足を洗って、地球で暮らすという事なのか。
 宇宙海賊がそう簡単に足抜けできるとは思えないし、そもそもあの神威がそんな事を許すはずがない。
 っていうか、水商売ってオイィィィィィィ!!
 そんなものを紹介した日には、身体という身体をすべて肉片にされかねない。
ちゃん……本気?」
 祈りを込めて尋ねるが、はにこっと微笑んで、
「うんっ、本気」
 日本刀の刃をちらちらさせながら、可愛らしく頷いてみせるのだった。
 永遠とも思える時間を二人は見つめ合い ―――― ふいに、ピンポーンという間の抜けたインターホンの音が静寂を破った。
 天の助けとばかりに、銀時は腰を浮かせかけたが、ふいにが銀時の手を強く引いた。
 バランスを崩し、の上に覆いかぶさる様に銀時が倒れる。
 柔らかな感触に銀時が嬉しさと驚きに目を白黒させていると ――――
 激しい轟音と共に、玄関が打ち壊されたのだった。
「ッ!?」
 そして次の瞬間 ―――― ちょうど銀時がいた辺りを、無数の弾丸がすり抜けていく。
 一体、どこの奇襲だと銀時が姿勢を落としたまま振り返ると ――――
 そこには、日傘を片手にした笑顔の青年が立っていた。
「お兄さん。人のオンナに手ェだすと……殺しちゃうぞ?」
 銀時はその瞬間、死を覚悟した。




end


脈絡なくギャグのシリーズものです。
ゆっくり更新ですが、良かったらお付き合いください。