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 もし、あなたが誰かの事を、これ以上なく切なく想うならそれはきっと恋でしょう。
 もし、あなたが誰かの事を、狂おしいほど求めるならばそれはきっと愛でしょう。
 もし、あなたが誰かの事を、殺したいほど望むのならばそれはきっと――――




闇夜に兎・閑話そのに





 殺したいほど愛しているという冗談のような口説の言葉を、その夜の神威はしつこいくらいに繰り返した。
 地球で何があったのかは知らないがずいぶんと機嫌が悪く、を求めるのも半ば強引に、無理やりにソファに押し倒してその身体を嬲った。
 何度果てても赦されず、幾度も幾度も揺さぶられは甘い悲鳴と共に意識を手放した。ぐったりとソファに沈んだの身体を、の意識がないことも気にせず神威は愛撫を続ける。
 愛撫と呼ぶには暴力的な、噛み付いて、爪を立てて、血を啜る様なそれは、驚異的な回復力を持つ夜兎の身体に無理やりにでも自分の痕を残そうとしているようでもあった。
 白い背に無残に残された古い刀傷――――
 を抱くたびに目にして来たそれが、今はいつにも増して忌々しい。
 あの男は、この刀傷は自分がつけたものだと言った。
 は父親につけられた傷だと言っていたが、それはキオク屋に作られた偽りの記憶で、真実は別にあるのだろう。あの男の言葉が本当か嘘かは分からない――――が、おそらく真実に違いないのだと、神威は苛立たしげに思った。
 兄妹。
 家族など、ただ近い血筋を持つだけの、くだらないしがらみだと思う。
 同じ親から生まれたからなんだと言うのだ。そいつを構成する要素が、ただ似ているというだけじゃないか。
 結局は別の固体で、元は同じものから産み落とされたものでも、今となっては他人でしかない。信条も、立場も、思想も、哲学も異なる、まったく別の存在。
 だと言うのに――――
「くそ……」
 あの男の、の紅い片目を思い出し、神威は思わず舌打ちしていた。そんな己の余裕のなさに、逆に驚く。
 何をそんなに苛立つ。何をそんなに――――焦っている?
 は自分のモノだ。誰にも決して手出しさせない。自分が傍に居る以上、それは絶対であるはずなのに、あの男の存在を無視できない自分がいる。
 兄妹。
 たったそれだけの事なのに。
 たったそれだけの繋がりが、自分よりも深く、の奥に存在しているようで腹立たしくてならない。
 あの男はの敵だ。それ以上に俺の敵だ。
 そんな男がの精神にも、肉体にも深く根付いている。
 もしが記憶を捨てる決意を、あの男のせいでしたというのなら――――
「……」
 何てことだろう。
 これほどまでに殺したいと思ったヤツに出会ったのは久方ぶりだ。へ常に抱いている支配的で挑発的な好意的な殺意とはまったく異なる、ただ蹂躪し、潰し、完全に存在をかき消してしまいたいと思う純粋な殺意。
 あの男はの事を、“俺の自慢の妹”だと言った。
 俺の?
 何が。どこにお前の属性が関わる余地がある。
 数日前まで名前も存在も知らなかった男が。には存在すら記憶の中から締め出された男が。
 “俺の”?
「ふふっ、ふ、ふふ……」
 神威の薄い唇から思わず笑みが零れ落ちた。
 は俺のモノなのだから、別の誰かが“俺の”などと形容するのは間違っている。
 家族や兄妹という属性がそれを言わしめているのなら、そんなものは全部壊してしまおう。
 そんなものは”間違って”いるのだから。
には俺だけでいいんだよ」
 神威はの背に走る刀傷に指先を這わすと、傷跡をえぐる様に深く爪を立てた。




end


余裕のない神威さんでした。