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 もし、あなたが誰かの事を、これ以上なく切なく想うならそれはきっと恋でしょう。
 もし、あなたが誰かの事を、狂おしいほど求めるならばそれはきっと愛でしょう。
 もし、あなたが誰かの事を、殺したいほど望むのならばそれはきっと――――




闇夜に兎・閑話





 はくすくす笑いながら手の中のファイルをめくった。
 ウォンの調査した資料には、の実妹であり、白兎の次期女王として最有力候補であるが如何に神威を“骨抜きにしたか”詳細に記されている。
 人間であるウォンにとって、かの二人の馴れ初めと言うのは奇異としか言いようがない。
 殺し屋として現れたを、そのまま自分のオンナにしてしまった神威。そして、多少ほだされる形でありつつも、それを甘んじて受け入れた
 どちらもウォンにとっては奇妙な恋人のあり方に映った。
「昨日まで殺し合ってたヤツを口説くなんて、俺にゃそんな器用なマネはできませんねェ。逆に口説かれたって、骨を折られた恨みは決して忘れやせんよ」
 だろうね、とはウォンの言葉に相槌を打った。
 資料に寄れば、どうやら神威の方が一方的にに惚れこんだらしいが、も雇い主に裏切られた後は大人しく神威に従っていたようである。多少痴話げんかと呼ぶには血なまぐさいごたごたがあったらしいが、最終的には丸く収まって今の通りだ。宇宙海賊に元殺し屋という素敵な夜兎のカップルに、余人の介入は許されない。
「ま、結局は血に逆らえないんだよねぇ」
 と、はのんびりとした口調で言う。
 宇宙最強を誇る夜兎族は、強いか弱いかという実にシンプルなベクトルで物事を考えるのである。
「話は簡単さ。団長さんはチャンの中の強さを求めた。チャンは団長さんの強さに従った」
「はぁ。強いヤツほど強さに惹かれるって事ですか。まるでジャンプの格闘漫画みたいな」
「あはは。格闘漫画と比べちゃ、ロマンに欠けると思うけどね」
 本能と呼べばいいのか。遺伝子か。それとも血か。
 はそれを種族として実に単純な欲求だと感じている。
 強い子供を成すためにより強い配偶者を求める。愛だ恋だと形容するより、そう言ってしまった方が夜兎にとっては理解しやすい。
「強さを求めた結果というだけだよ。雌の発情期における性フェロモンも、雄の嗅覚も、最終的にはそこに帰結する。同性なら相手を叩き潰すことで強さを得ようとするんだろうけど、異性だと取り込もうとするんだね。それが実に面白い」
 そう言って、いつも以上に饒舌に語るは、実に嬉しそうだった。
 きっと天然の夜兎であれば、そんな小難しい理屈などきっと考えないのではないかと思う。人間が結婚相手を選ぶ時に、どれだけ種に貢献するかと言うことなどカケラも考えないように、戦闘馬鹿の夜兎が異性に惹かれる時に自分は夜兎の本能に従ったのだと考える事はないだろう。
 すべては夜兎という誇り高き種のため。
 そして、“進化”を続ける白兎を、夜兎という種へ還すため。
 それを信条として生きるでなければ、きっとそんな事など考えない。
 とにかく彼は、女王候補であるが夜兎の中でも鋭才を放つ神威を、配偶者に選んだ事が嬉しくて仕方がないのだ。彼の言う“凶悪なガキ”は、きっと夜兎の歴史を覆すに違いない、と。
「つまり、香主の言い分じゃ、二人がデキる事は偶然じゃなくて必然ですか」
「そうだねぇ。離れられないんじゃないかな。磁石みたいなものだよ。もっと強い異性でも現れれば話は別かもしれないけど。ま、そしたら両方のガキを生めばいいんだろうけど……いやまあ、それもないか」
 そもそも数の少ない夜兎族の雌の中で、以上に夜兎の雄を狂わせる才覚を持つ雌がそうそう居るとは思えない。白兎とはそもそも繁殖用に品種改良された種なのだ。天然の夜兎に比べ繁殖に適しているというのはつまり、それだけ異性を惹きつけやすいという事に他ならない。そして夜兎が強さを求める種族である以上、白兎はその体内に異性を魅惑する強さを内包する。
「固体の強い、弱いじゃないんだよね。白兎っていうものが、そもそも遺伝子的にそういう因子を持ってるんだよ」
「強い子供を生む?」
「んん、実際に強くなるかは分からないけど、潜在能力は高いんじゃないかな。まあ白兎を造る時、夜兎の雄の気を引くために、色んな遺伝子をかき集めたらしいからね。天然兎よりポテンシャルは高いと思うよ」
 だから、白兎は夜兎より“強い”のだと、常々が口にしている言葉をウォンは思い出した。
 もしかしたら身体能力的には、白兎は天然兎より劣るのかもしれない。だが、実際に弱くてもその身体の中に眠る可能性を、天然兎は無視できないのだ。
 それが欲しくて、堪らなくなる――――
「強い雄ほど白兎の誘惑に引っかかりやすいって言うんですから、なんとも悪魔的な仕組みだと思いますよ。種族を食いつぶすためにいるとしか思えない」
「ははは、食いつぶすなんて人聞きの悪い。還るだけだよ」
 そう。
 の言葉で語るならば、もともと一つだったものへ戻るだけなのだ。
 夜兎という種族を高め、より強さの極みへと導く“進化”を内包した形で、白兎たちは夜兎の元へ戻るのだ。
 夜兎のためだけに用意された花嫁。夜兎をより強く完璧な種族にするために、唯一の弱点である日の光さえ克服した白い夜兎。それが白兎だと。
 そう考えると、今のように夜の玩具として輸出される事すら、正当化されているように思える。銀河中の遺伝子をかき集め、より強いものを選び、やがて夜兎へ嫁すための。
 だが、それでもウォンには悪魔的な仕組みだとしか思えない。
 銀河中に散らばった白兎たちが、様々な種族の遺伝子を抱え夜兎族の中へ戻ると言うのなら、今度は一体どんな化け物が生まれることやら、と。種族すべてを進化という綺麗ごとで塗り替えてしまおうとするが、それは本当に進化なのか。
 もし六本指を持つ生物の遺伝子が人間に流れ込み、すべての人間の指が六本になったら――――それは本当に進化なのだろうか?
 違う。それは侵略だ。種族全体と乗っ取ろうと企む外から現れる別の何か。
 それは――――
「あなたそりゃ、俺の知ってる言葉じゃテロリストって言うんですよ」




end


香主とウォンによる閑話。
きっと普通の感覚の持ち主にすれば、
白兎はテロリストやインベーダーみたいなものだと思います。