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 隣室に控えていたウォンはが鳳仙を挑発しはじめたのに気づき、早々にその場を立ち去った。
 どうしてあの人は二言、三言余計な事を言うのかねェ、と呆れてしまう。あの男は人の触れられたくない所を天才的な嗅覚で探し出し、無遠慮にずかずかと踏み込むのが大好きなのだ。
 口は災いの元であると理解しつつ、破滅思考を止められないサディスト。綺麗な顔と凡庸とした鈍そうな挙動をしているくせに、どうにも性格は破滅的だ。
「今頃、殺されちまってるかねぇ」
 と、出て来た部屋を振り返りしつつ、呟く。
 ウォンにを諌めたり、場をとりなそうという気は更々なかった。そもそもウォンにへの忠誠はない。単にあの男が面白そうだからくっついているだけで、俺は危なくなったらいつでも裏切ります、と常々本人には言っている。
 普通のヤクザならば、そんな不義理者は一番に始末されるだろうが、夜来という全体像の見えない組織、そしてという性格破綻者にとっては、ウォンのような部下の方が使い勝手がいいのだった。
 期待しないし、予測がついているなら裏切る心配などする必要がない。そもそも信頼していないのだから。お互いに自分の目的のためだけに相手を利用する関係。
 まあ、ただの人間風情である自分が、こんな極彩色の闇社会を垣間見る事が出来るのだから、それは役得と思って楽しまなければ損だろう。
 生きて帰ったら、もっと面白いものを見せてくださいよ――――と、胸中でへ祈りを捧げ、ふと廊下ですれ違った薄紅色の髪の青年を振り返る。
「ありゃ……、第七師団の?」
 夜兎族特有の傘を手に上機嫌で歩いていくその背を眺めながら、
「香主、ご愁傷様で」
 ウォンは祈りを弔いの言葉に変えたのだった。





闇夜に兎04





 破壊の衝撃で生み出された埃の中で、神威はあり? と不思議そうに目を丸めた。
「あたたたた……、勘弁してくださいよぉ。夜兎に殴られちゃ一溜まりもありませんて」
 ゆらりと起き上がった陰影に、おかしいなぁ、と首を傾げる。
「傷つくな、けっこうマジで殴ったんだけど」
「いやいやいや。効きましたよ? もう、脳みそぐっちゃぐちゃになっちゃうくらい」
「ふうん」
 その割には脳みそどころか、血の一筋さえ流れていない。
 男の素性に興味などなかったが、自分の一撃を受けてもへらへらとしているという事は、ただの地球人というわけではないのだろう。
 と、
「ああ、ナルホドね。そーゆーこと」
 埃の向こうから現れた男の顔を見やり、神威は興味深そうに目を細めた。
 は吹き飛ばされて乱れた髪を撫で付けながら、片目に手をあてて困ったなぁなどと呟いている。
「イチキュッパで買ったお買い得品だったのに。今の衝撃で飛んじゃった」
 そう言って、手を離し、ゆるゆると瞼を開く。白い瞼の下には、紅い――――血のような色の瞳が輝いていたのだった。
「兎売り自身が兎ってことかな。あまり愉快な構図じゃないね」
 片目だけ紅い裸眼を晒したに、神威は挑発するような視線を送る。
「いやいやいや。できればこんなの付けなくないんですよ? めんどくさいし。でも、ほら、自分が白兎を売ってる手前、俺がこの目を晒すのもねェ……。信頼問題ですから」
 にこり、と微笑んで、の身体が跳躍した。
 チーパオの帯に無造作に差し込んだ短刀を抜き、鞘のまま神威に振りかぶる。ギンと固い金属音を鳴らし、神威の傘との刀が交わりあった。
「それに俺は、ほら、白兎じゃないですよ。どっちかって言えば黒兎」
「灰色兎だろ」
 神威はつばぜり合いを力で押し切ると、横凪ぎに傘を振るった。傘の先端に弾かれて、の身体が壁にめり込む。
 神威は追い討ちをかけるように間髪入れず追撃を放ったが、傘の先はの喉に触れるぎりぎりの所で止まった。
「ありゃ、もしかしてバレてます?」
「その目を見るまで、どいつがソレかは知らなかったけど。まあ、そのうち会う事になるとは思ってたよ」
「ありゃりゃ」
 は驚いたように気の抜けた声を上げると、ぽりぽりと頭をかいた。
 神威に喉元を押さえつけられた、逆境の最中であるというのにへらへらと笑みを浮かべている。
「はぁ。じゃあ、順序があべこべになっちゃいましたねぇ。いつも我々の商品に、格別のご愛顧を賜りありがとうございます」
 の慇懃な挨拶に神威は眉根をしかめると、わずかに傘の先を押した。ぐっと傘の先端がの白い喉を圧迫する。
 だが、の笑みは消えなかった。
「まさか神威団長に、うちの商品を利用していただけるなんて光栄ですよ」
 ぐぐっ、と更に奥へ傘の先端がめり込む。
「いかがですか、アレは? 多くの兎の中でも、珍しい地球人とのハーフ。しかも、母親は血統つきの女王兎。きっとお気に入りいただけたと、信じておりま、」
「五月蝿いよ」
 神威の青い瞳が、暗い殺意を湛えて妖しく輝いた。
 はにやりと笑みを浮かべる。猫のように目を細め、唇をひしゃげさせ、無礼の限りを尽くすような口調で、
「あれの×××は具合いいですか?」
 瞬間、神威はの身体もろとも背後の壁を突き崩した。呻き声をあげる事すらなく、瓦礫と共にの身体は楼閣の屋根に転がる。
 神威はそれを詰まらないものでも見るように冷たい眼差しで眺めていたが、
「ふ……ふふっ、ふふふ」
 不気味な笑みが躯となったはずの身体から響いた。
「おかしいですね、団長殿。純粋に強さだけを求めるあなたが、あんな仔兎に骨抜きにされちゃうなんて」
「……」
「でも、恥じる事はないですよ。あなたは正しい。本能に従って強さを求めた、それだけです。いつだって男は女に弱いんですよ」
 がらがらと身体を覆っていた瓦礫が落ちて、の身体がゆっくりと立ち上がる。
 夜兎独特の透き通るような白い肌に、紅い鮮血が一筋、瞳と同じ紅がの整った顔に華を添えるように流れた。
「あなた方はきっと白兎の事を、夜兎が劣化したダッチワイフか何かだと思っている。だから、ひとつ誤解を解いてあげます。本当は白兎は夜兎より”強い”んです。だから夜兎の雄は狂わされる」
「……が俺より強い?」
「まあ、雌と雄では強さのベクトルが違うでしょうけどね。しかし、元々白兎は繁殖計画の産物です。強さを求めるのが夜兎という生き物ならば、そこに辿り着くのはごく自然の摂理です」
 神威は無言のまま、静かに傘を構え直した。
 種の仕組みも、白兎の成り立ちも、神威には価値のない話だ。どうだっていいよ、と無感動に言い放つ。
が何ウサギでも、お前が何者でも」
 向けられた殺意の色に変わりはない。
「どんな風に創られたかなんて関係ない。今は俺のモノなんだから――――人のオモチャを我が物顔で語るな」
 最大級の独占欲が凶刃となってを襲った。は紅い瞳をぎらぎらさせて、握り締めていた刀の鞘をほうり投げると、白刃でそれを受け止めた。
 激しい金属音をかき鳴らしながらも、の唇からは薄い笑いが漏れ続けている。
「さすがだなァ、女王の子はさすが出来が違う。これだけの強者を狂わせるなんて、さすがチャン――――俺の自慢の妹だね」
 の名を口にした瞬間、神威は思い切りの身体を薙ぎ倒した。
 は屋根の先まではじかれて、落下する間際に瓦の端を掴んだ。地上何十メートルもの高さで足場を失う。
 顔を上げると、そこには神威の空色の瞳があった。
 かろうじて瓦を掴んでいたの手を容赦なく踏み潰し、侮蔑に満ちた視線を向ける。
はお前の事なんてカケラも覚えていないよ。居ても邪魔なだけだから、さっさと舞台を降りてくれるかい?」
 一本、一本、指先を粉砕するように体重を込めて、神威は冷ややかな顔でを見据える。
 ふふっとは可笑しそうに笑みを零した。
「そうやって一人ひとり消してるんですか。あの娘の頭の中が全部あなたで埋まるように」
「いくらか気に喰わないものが残ったけどね。消せない傷とか、記憶の残骸とか」
 ああ、とは頷くと、にんまりと笑みを作った。紅い目の瞳孔がきゅっと収縮し、
「あの傷ね。つけたの実は俺なんです」
 その瞬間に言葉は必要なかった。
 神威の手刀が真っ直ぐに叩き込まれ、ぶちりと糸が切れるようにの身体は腕と胴体に分離した。
 神威に踏み付けられた片手を残して、の身体は吉原の空へ落ちていく。星のように輝く澄んだ色のネオンの海へと沈んでいく。
 落下していく間も、は猫のように細めた目で神威を嘲り続けていた。




end


実はここまでの話は全部、「殺シ之作法」の伏線回収だったのさ!
(ナ、ナンダッテー!)
はい、嘘です。思いつきです。