闇夜に兎03
不機嫌と不満を足して二で割ったようなの視線を受けながら、阿伏兎はどう宥めたものかと思案した。
なんとなく二人の雰囲気がいつも通りに戻ったので、解決したのかと思いきやまたこれである。
月蝕のように訪れるの殺伐とした不機嫌さに比べれば、今の苛立ちは健全な感情のように思えたが、それでもの刺す様な視線は痛いし阿伏兎がそれを受けるいわれはない。
なんで? とは何度目かになる不満を口にした。
「なんで私は阿伏兎とお留守番なわけ?」
「仕方ねェだろ。吉原に女は入れねェんだよ」
「そんなの遊女にでも何でも化ければいいじゃん」
花魁姿のを想像して団長は喜ぶかもなぁ、と一瞬考え、そうじゃねぇだろと自分にツッコミを入れる。
「そりゃ、アンタ。白兎が絡むとまた暴れるだろ」
「なんで。その夜来とか言うマフィアごと、潰しちゃうんでしょ? なら、べつに暴れたっていいじゃん」
嘘でも暴れないなどと言わない所がらしい。
が、そういう問題ではないのだ。
「あのな。いろいろ段取りがあんだよ、戦争するにも」
「兵は奇道なり、って偉い人は言ったらしいよ。不意打ちで全部潰しちゃえばいいのに」
「あのな……」
どうにもはこういう所の頭は足らない。夜兎らしい愚直さではあるが、少なくとも組織立った相手を敵にするには賢いやり方ではなかった。
「アンタ、夜来の拠点が銀河中にどんだけ散在してるか知ってんのか? 物理的に不意打ちで全部とかねェんだよ」
「じゃあ、着実に全部潰す」
「あのな」
阿伏兎はがりがりと頭を掻きながらも、実際はの言うとおりにしかならないだろうと思っていた。
夜来という組織は、奇妙な成り立ちをしている。十数年前まで九龍の町ヤクザをしていたその団体は、末端構成員の数に対して幹部の人間が少なく、その大部分が知られていない。
外部と交渉する際は常に中立なエージェントを雇い、めったに組織の人間が顔を出す事はなかった。臆病なのか用心深いのか知らないが、つまりあれだけの大きな組織であるのに、トップの名前もどこの何者かも知られていないのである。
「つまりな、襲撃したくても大将が分からなきゃ、戦争のし様がねェだろうよ」
それこそ全部、ぶっ潰す事になる。が、先の先まで数えれば、きっとスラム街のスリの小僧だって含まれてしまうのだ。
幹も枝も少ないくせに、根だけは多くはば広い。その上、下にいくほど一般人との堺が曖昧になるため、見分けがつかないのだ。もし、夜来の親玉がそんな所に隠れていたら、こちらとしてはお手上げである。
「ええ? じゃあ、どうするの?」
「だから、戦争にだって段取りがあるって言ってんじゃねェか」
今回、神威が単身で吉原に向かったのは、その段取りのためである。
夜来香主・。夜来の中で唯一顔も名も外に知られている、幹部の一人である。
それが天涯号の事件の後、コンタクトを取って来たのである。
天涯号の事件は知っている。商品が賊に殺されてしまったのは残念だが、商談は予定通り進めたいとの話だ。
「それ……罠じゃない?」
「ま、十中八九、なにか裏はあんだろ」
そもそも、夜来と春雨が手を結ぶ前提となったのは、女王兎の遺伝子を引くの身柄を引き渡す事だ。段取り的には天涯号にを呼び出し、春雨の裏切りで夜来が身柄を拘束する事になっていた。
それが、返り討ちに合い、商品まで死んでしまったのだから、夜来が春雨の二重の裏切りを疑わないのは不自然だった。
今回の商談は夜来にとっては不利この上ない。にもかかわらず、天涯号の一件を純粋にの反抗と片付け、春雨は不問に処すというのは、あまりに良心的すぎる。
「まぁ、奴さんが何を企んでるにしろ、ネズミが尻尾だしてるんだから俺らにすりゃチャンスだろ。その香主とやらをとっ捕まえて、敵の親玉を引きずり出すって寸法だ」
「でも、その人が組織に見捨てられちゃったら?」
「問題ねェよ。香主の首が交渉材料になるなら上出来だが、首は繋がってなくても脅しにはなる。宣戦布告にゃもってこいだろ」
「ふうん……。なんか、私の想像してたのと違う」
「まあなぁ」
にとって望む事とは、白兎の売買の停止だろう。あれがの古傷をえぐり、苛立たせるのだから、さっさとあんな養兎場はめちゃくちゃに壊してしまいたいはずだ。
だが、春雨にとっての敵の壊滅は、別の意味を表す。つまり、マフィアとしての夜来の力を無力化する事にある。
白兎を取り上げれば資金源の大元は閉じられるかもしれないが、それは春雨の望む解決には遠い。春雨が望むのは、夜来を束ねる男の首であり、自分たちのビジネスを脅かしかねない存在の隠滅なのだ。
仮に夜来が白兎の商売を株式会社にでも委託し、武力とは結びつきそうにないまったく別の場所でビジネスを行うのならば、それは春雨にとって与り知らぬことである。今回、元老に白兎が危険視されたのは、夜来という新興マフィア――――しかも、組織の頭も見えない得体の知れない武力団体が、兵器にもなり得る白兎を大量に手元に囲っている事が原因だったのである。
「ま、あんたはこれ以上、ヘンに首を突っ込まない方がいいだろ。第七師団に出撃命令があれば、その時に暴れればいい。せっかく団長が暴れたいのを我慢して、ジジイ共からあんたを守ってくれたんだぜ?」
「……うん」
は未だ納得がいかないような顔をしていたが、それ以上の異論を挟む事はなかった。
腰のベルトに挿した刀の柄を、指先で撫で上げる。
白兎がいなくなった所で、どうせ戻らない記憶――――
は軽くかぶりを振ると、父の事も母の事も、頭の隅に追いやった。
end
今回は大人しくお留守番。