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月夜に兎・静かの海07





「なに、それ……。人が居ないところで、引き渡すとか、殺すとか……」
 話を聞き終え、はぶるぶると怒りに肩を震わせた。
「あり? てっきり感動してくれると思ったんだけど」
 と、神威は意外そうに目を丸めている。
「ううん。神威には……感謝するべきなのかもしれないけど、でも、べつに、頼んでないし……春雨に裏切られたって、私負けたりしない……」
「ま、そうかもね。べつに感謝なんてしなくていいよ。俺が好きでやった事だし、はもともと俺のモノだしね」
 神威の口ぶりに引っかかるものがったが、は眉根をしかめただけで、それ以上は追求しなかった。
 それで、と先を促す。
「それでって? 終わりだけど」
「ううん、終わりじゃない。まだ聞いてないよ。どうして……私を天涯号に呼んだの?」
 神威の話だけでは、を天涯号へ導いた理由が見つからない。わざわざあんな分かりやすい場所にファイルを置いて、の気を逆撫でるような真似をした理由が。
 表向きはブローカーの男と神威は繋がっているように見えていた。を売り渡す振りを途中までしたと考えられなくもない。
 が――――壊せ、と単純に破壊を命じられた神威が、そんな振りをわざわざする必要があっただろうか。
 疑問を口にすると、神威はああ、と呟いて、
「悪いけどを餌にさせてもらったよ。俺の目的は組織の壊滅。あの船に乗ってたのは末端でしかない」
「つまり……私の居場所を知らせて、敵を釣ろうってこと?」
「そゆこと。これからどんどん追っ手が来るんじゃないかな?」
 は小首を傾げて、神威の言葉を脳裏で繰り返した。理屈は通っているように思うが、やはりこんな小細工は神威らしくない。
 じっと神威のサファイアの瞳を覗き込む。
「神威……ねえ、本当の事を教えて」
「ん?」
「あなたは私を白兎と対面させたかったんじゃないの? 母さんと同じ顔の白兎を見せて、私の心を揺さぶりたかったんじゃないの?」
「俺はあそこにクローン兎が乗ってる事なんて知らなかったよ?」
「でも、私に白兎を見せたかった。完全にキレて、怒っている私に、あの兎を見せたかった」
「どうして?」
「あなたは知りたかった。私が白兎を殺せるのかどうか。……試したかったんでしょう?」
 神威の顔に笑みが浮かぶ。いつもの、にこにこと朗らかな、殺人的な笑みが。
 はそう、と小さく呟くと、次の瞬間、思い切り神威に向かって斬りかかっていた。傘を日除けに使っている神威に武器はなく、すれすれの所で刃を避け、宙に神威の珊瑚色の髪が舞った。
 第二撃に備えて神威は片手を構えたが、はそれ以上追撃してこなかった。
 ただ、神威に向かって刀の切っ先を向け、告げる。
「私はあなたに敗れた。だから、私はあなたの所有物。モノ。この船にいる限り、生殺与奪の権利は神威にあげる」
 でも――――、との紅い瞳が鋭い光を発して神威を捉える。
 刀を下ろし、ゆっくりと歩み寄る。
「ただ一つだけ我慢ならないものがあるの」
 ゆっくりと伸ばしたの手が神威の頬に触れ、唇が神威のそれに重なった瞬間、
「二度と私を試すような真似はしないで」
 がりっと噛み切るような鋭さで、が神威の唇に噛み付いた。
 噛まれた場所からあふれ出した血がまるで紅のように、己の唇を染め上げ、神威は可笑しそうにそれをぺろりと舐め取った。
「ああ、もう、まったく……」
 くつくつと笑みを零し、お返しをするようにの頬に自分の手を添える。
 舌先での唇を染める紅を舐めて、
「だから俺は君が好きだよ」
 重ねた唇は血の味がした。




end


あれ? これデレたの? 最後のデレたの?
相変わらずツンツンツンツンデレくらいの割合で、物理的ツンの強いヒロインでした。
これにて「静かの海」完結です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!