この話には暴力的な表現が含まれています。
ヒロインがドS傾向にあります。
また、捏造、オリジナル設定が多数含まれて居ます。
苦手な方はお戻りください。
月夜に兎・白の女王04
靴のかかとを高々と鳴らして現れた陰影を、阿伏兎は剣呑な空気を纏って睨み付けた。
「おい……、なんでアンタがここに居る」
それは予想通りの人物が現れても、きっと口に付いた台詞だっただろう。だが、目の前の人間が変わるだけで、その意味合いは大分変わる。
「阿伏兎が暇だろうと思ってさ」
その男――――神威は上で仕入れたらしい皿いっぱいの肉を頬張りながら、ゆっくりと阿伏兎の前にやって来た。
護衛はどうしたというそんな問いより先に、なぜ神威がこんな所へ来たのかその真意を汲みかねた。
こんな埃っぽい、兎小屋の前に。
「誰を待ってるんだい?」
神威の質問に阿伏兎は無言のままだった。まずはお前の腹を明かせという意図を込めたつもりだが、神威はそれをあっさりとかわして阿伏兎の脇を通り過ぎた。
「待ち人は来ないと思うよ」
と、意味深に笑う。
「あ?」
「だから。はここに来ない」
そして、にこにこと笑いながら、神威は白兎の納められた部屋の扉を開けた。
鉄製の頑丈なそれが重苦しい音を鳴らし開く。躊躇なく中へ進む神威に、勝手に入るなと文句を言いかけて、阿伏兎は違和感に行き当たった。
なぜ鍵がかけられていない?
高級な白兎。しかも、今回の裏の目玉である商品。その部屋の前に、仮に阿伏兎を用心棒の一人と数えたとしても、鍵もかけないのは無用心だ。
そして、部屋の中に足を進め、阿伏兎は違和感の答えを知る。
「はめられたね」
と、可笑しそうに神威が笑う。
「なっ……」
部屋は空だった。白兎の檻など一つも見つからず、西洋の城のような豪勢な部屋の中は閑散としていた。部屋を間違えたかと阿伏兎は一瞬訝り、そんなはずはないとすぐにそれを打ち消した。
「はめられたってのは何のことだ?」
神妙な顔で尋ねると、神威はこうなる事は予測の範疇だったが、その顔に焦燥や驚きはなく、ただ笑いながら皿の上の肉をもくもくと頬張った。
わからないかな、とべっとりと油で濡れた指先を舌先で舐めて、
「初めからあいつの目的はだったってこと。この仕事が俺達のところに来たのも、全部を釣るためだよ」
「あ……? いや、待てよ、第七師団の仕事に必ずが来るとは、」
「来なくても、俺やお前が来るだろう? なら、は追って来るさ。仕事に白兎が絡んでれば、はゼッタイに無視できない」
「待て、待て待て。確かにが知ればそうかもしれねぇが、俺らがそこまで馬鹿だと思われてるのか? が暴れる事くらい予測の範疇だ。だから俺だって十分、注意して……」
言いかけて、阿伏兎は言葉を止めた。
まさか、と驚きの表情で見つめる先で、神威が悪戯を見つかった子供のような顔をする。
「ごめん、阿伏兎。は俺が呼んだんだ」
今度こそ阿伏兎はワケが分からなかった。
女王云々の話は抜きにしても、をここに呼んだらとんでもない事になると知っていながら、なぜこのバカ団長は阿伏兎の苦労を無にするような事をするのか。
「アンタ……、何考えてやがる」
爆発しそうな怒りを込めて神威を睥睨すると、べつに、とそ知らぬ顔で神威は嘯いて見せた。そして、
「強いて言うなら、ぐらぐら揺れてるジェンガのことかな」
と、ワケの分からない事を言ったのだった。
バカじゃないの、とは本気の侮蔑を込めて呟いた。
「母さんの代わりに私に白兎を生めとでも言うの? そんな馬鹿みたいな話に従うと思う?」
「いえいえ、女王が仔を生む必要はありませんよ。あなたには群れの出産を制御する女王物質が備わっております。あなたのお母様が禁じてしまった生殖を、解放してくれれば良いのです」
の悪態に馬鹿正直に答えた男が腹立たしくて、はもう一度、バカじゃないの、と繰り返した。
男の言っている事はさっぱり理解できない。
女王だとか、女王物質だとか、どこの昆虫世界の話をしている。
は夜兎だ。母もそうだった。勝手に白兎などという侮蔑的な意味で呼ばれ、勝手に身体の中身をいじくられて、それをまるで自然の摂理のように語る男が愚かしく、苛立たしくて仕方がなかった。
の怒りに呼応するように、檻の白兎たちが騒がしく身体を揺さぶった。
声帯の発達していない彼女たちが声を上げる事はなかったが、それでも何かを訴えるようにしきりに口をぱくぱくさせている。
「おお……、どうやらこの仔達にも分かるらしい。女王のお戻りを喜んでいるのですよ」
は四肢を地面に押し付けられたまま、ちらりと檻の方へ視線を向けた。
母と同じ顔をした、虚ろな兎たち。
違う、と胸の奥で強く否定する。
母さんはこんな白兎と違う。母さんは夜兎の本能を忘れていなかった。母さんは誇りを失っていなかった。
すっと心が冷えていく。月が太陽に飲み込まれるように闇に覆われて、殺意と狂気、悪意と残忍さが表情の中に同居する。
「お前……死ぬ覚悟は出来ているの?」
の紅い瞳が問いかけた。
「おやおや、さすがお母様と似て気性の激しい。あまりに多くの事実を知りすぎて、状況がうまく飲み込めていないのでしょうね。混乱される気持ちも分かります」
「……」
「ひとつ貴方に悲しいお知らせです。我々は春雨と手を組みました。我々は春雨の庇護下にあるのです。この意味がお分かりですね?」
男は哀れみと嘲りを足して二で割ったような顔で、の紅い瞳を覗き込んだ。
喉を震わせるような笑みを零し、の丹精な顔のパーツを一つ一つ愛でるように撫でていく。
「神威団長と仰いましたか。あの方は大変物分りが宜しい。お付の方より実に単純に、物事を簡潔に考えておられる。それでいて鋭く、刃物のようにキケンだ。良いですね、ああいう白兎を作ることが出来ればきっと人気が出ます。ああ、ぜひ精子を提供していただけないか、掛け合ってみましょうか」
冗談とも本気とも付かない男の言葉に、殺されてしまえとは心から呪った。
御託はいい。神威の名を出してが傷つくと思ったら大間違いだ。
「春雨が……神威が私を売ったって言いたいの?」
「左様です。直にこちらにいらっしゃる事でしょう。いかにあなたと言えど、神威団長を相手に立ち回れるとは思いませんね」
それは確かに事実だ。が手だれの一人であっても、あの化物級の強さを誇る神威に勝てるとは思わない。だが、それは男の語った言葉が事実であったら、の話。
それに、その前に目の前の男を始末するくらいの時間はある。
それを口にすると、男は嬉しそうに顔をほころばせて笑った。
「どうぞ、ご自由に。と言いたい所ですが、お仲間が大切ならばそれはお薦めできません」
「仲間……?」
男はぐるりと部屋中の白兎たちを見渡した。
の母と同じ顔であり、自身にも酷似したその顔を。
「助けに来たのでしょう? 健気ですねぇ。こんな人形たちを命を張って救いに来るとは、さすが女王の直系は誇り高くていらっしゃる。しかし、残念ながら私も命が惜しいのです。先手を打たせていただきました。その兎達にはある毒薬が投与されているのです。解毒剤の在り処は私し、か……?」
言葉の途中で、男は自分の身体がぐらりとバランスを失うのを自覚した。
まるで額縁が倒れるのを一緒になって追いかけるように、男の身体は視界と共に崩れた。
「なん……」
目の前の鮮血に濡れた白銀の兎が、バカじゃないの、と小さく呟く。
の身体は未だ地面に押し付けられているが、束縛から逃れた右手が鋭利な刀を握り締め伸びている。そして、その手前に、骨ごと切断された己の足首が――――見えた。
「あ、ああぁああ、わ、わたしの足! あ、あしが!!?」
絶叫の中、戦闘は突如として繰り広げられた。
を押さえつけた男たちが、ゼロ距離から銃弾をの背に浴びせかけた。の身体が踊るように跳ねる。
だが、は痛みを口にする事も、顔をゆがめることもせず、男達の身体を振りほどき深々と刃をめり込ませていった。
「仲間……?」
飛び交う銃声と、怒号、絶叫、白兎達が立てる物音の中で、が再び繰り返す。
「この兎と、私が仲間……?」
一人、二人と男達を血祭りに挙げて、は嘲るように口にする。
バカじゃないの、と。
「いつ私がカイウサギの仲間になった」
end
長い……
女王物質云々はどこかでちゃんと説明する(カモ)。
次回、最終話です。