この話には暴力的な表現が含まれています。
ヒロインがドS傾向にあります。
また、捏造、オリジナル設定が多数含まれて居ます。
苦手な方はお戻りください。
「ああっ、チクショウ。面倒ごとばっかり起こしやがって……」
阿伏兎は誰にともなく毒づいて、深くため息をついた。
上の大広間では、眠たくなるような主題のセレモニーが始まっている頃だろう。この後、立食パーティ、そして夜はお楽しみというプログラムだ。
まったく。政府の高官と春雨のような犯罪シンジケートが仲良くしているなんて、どこまでも腐った国だと思う。その副団長である自分でさえ、虫唾が走るような腹黒さだ。
もっとも、ビジネスに私情を挟むのは、プロとしては問題ではあるが。
カツカツと響く足音に、阿伏兎はやれやれと肩をすくめて再びため息をついた。
今頃、上でメシをたらふく喰らっている神威の事を羨ましく思う。
「ったく、なんで俺は誰かの尻拭いばかりなんだかねぇ」
月夜に兎・白の女王03
地球に降り立った後のの行動は迅速かつ単純だった。
天涯号へ乗り込み、手ごろな船員を脅して地下へと案内させた。警備の配置を見れば、どこがきな臭いかだいたいの目星はつく。後は片っ端からそれを潰していけばいい。
そして当たりを引き当てたのは、用心棒らしき天人を十人ほど片付けた後だった。
扉を開いた瞬間、西洋の古城を思わせる内装が目に付いた。
こんな所で何を気取っているのだと腹が立つ。
つかつかとブーツを鳴らして中へ進むと、ベルベッドのカーテンに包まれた先に目当ての物はあった。
鉄格子の中から投げかけてくる、無数の生気のない紅い瞳。と同じルビーの瞳に、はぞくりと背筋を振るわせた。
そして、檻の一つの顔を近づけ――――ははっと息を飲み込んだ。
ファイルに挟まれた写真は不鮮明でよく分からなかった。だが、この顔。間違えるはずがない。決して忘れる事の出来ない顔が、いくつも、いくつも、の紅い瞳をじっと見つめている。
「いや……そんな。……母、さ……」
がそう呟いた瞬間、閉じられていた扉が乱暴に放たれ、何人もの男たちが雪崩れ込んできた。
「!?」
抵抗の間もなく、は床に押さえつけられる。
「いやいや、まさか。本当に来ていただけるとは思いませんでしたねぇ」
妙に鼻につく穏やかな口調が、ゆったりと響いて、黒光りする皮の靴がの眼前で止まった。見上げると青白い肌をした天人の男が、唇に笑みを浮かべてを見下ろしている。
「高い金を払って春雨に依頼した甲斐がありました。あなたはそれ以上の価値がある」
「お前は……」
「そっくりでしょう? あなたのお母上に」
「なにを……言っているの?」
の睨みつけるような警戒した視線に、男はにやりと笑みを浮かべた。
わかりませんか、と唇を歪めて。
「この兎たちは、もともと一つの種子から生まれているのですよ。夜兎族のメスが生まれる確率は低いので、とても需要に供給が追いつかないのです」
「需要……?」
「ええ。我らの商品は銀河中に広く愛されているのですよ。ですからね。とても天然の白兎だけでは、回し切れないのです。供給が需要に追いつかない」
需要と供給の意味を理解して、はざわりと全身の毛が逆立つのを感じた。この男が何者かは知らない。だが、白兎を辱める者の一人だと理解するだけで十分だった。身体の奥から沸き起こる殺意と狂気がの瞳に宿る。
男はそのの獣らしさを嘲笑うように、まるでペットを撫でるような手つきでの頬に指を滑らした。
素晴らしい、と恍惚のため息をついて、
「あなたが戻って来てくれてこれほど喜ばしい事はありません。これで再び我らのコロニーに新しい仔が生まれる」
「は……?」
「あなたは女王になるのです。女王が戻ればメスたちは仔を孕み始める。たくさんの仔兎が生まれれば、こんなクローン兎などやがて必要なくなりますよ」
「クローン?」
男の説明に神威は小首を傾げて見せた。
の襲撃より半日前の出来事、白兎の部屋での出来事である。
ええ、と天人の男は頷くと、両手を合わせて力説を続けた。
「実はだいぶ前より我々の養兎場で、新しい仔兎が生まれなくなってしまいましてね。とは言え、お客様のオーダーをお断りするわけにもいかず、急場でこしらえたクローンなのです。天然の兎に比べると寿命は短いものの、その分お値段は五分の一に。容姿もこの通り、天然の兎と遜色はございません」
ふうん、と神威は適当な相槌を打つと、檻のうちの一つを覗き込んだ。
によく似た虚ろな兎は、反射的に神威のサファイアの瞳を見返すがそこに自我らしきものは見当たらない。その仕草をあどけないと取るか、愚かしいと取るかで好みが分かれる所だろう。
「クローンが作れるなら、どうして天然の兎なんて要るの? 俺だって夜兎族の出生率が低いのは知ってるよ。品種改良された白兎だって、雌が生まれる確率は高くない。だったら手間もかからず安いクローンの方が、商品にも適してると思うけど?」
本心ではないだろうが正論だった。どうせ愛玩用に遊ばれるだけの兎なのだ。他の場所に同じ顔があろうと、寿命が多少短ろうと、買い手はそんな事を気にしないだろう。もし天然兎の個性に五倍の金を物好きがいたとしても、それはきっと一握りの馬鹿でしかない。白兎はとにかく値が張るのだ。ただ苛めて楽しむだけの存在に、そこまでの拘りと愛情を持つ者が多いとは思えなかった。
「それは……参りましたね」
神威の質問に男は戸惑うように口篭った。何らかのデメリットが存在する事は容易く想像できるが、その躊躇いも何故か嘘くさく、三文芝居を見せられているような心地になった。
「ここだけの話にしていただきたいのですが……、昔クローン兎の起こした不祥事がありまして。いえ、実際はクローンではなく天然兎だったのですが、記録上はクローン兎は教育上の難ありとなっていたのです。故にクローンを商品化する事は一時期タブーとされて。ええ、もちろん、今はそんな心配もございません。しっかり従順なペットとなるよう教育を施しております」
話がよく見えない。
なぜ、不祥事の元をわざわざ改竄――――あるいは偶発的に間違えられていたのか。だが、神威はその疑問を無視して、質問を重ねた。
「仔が生まれなくなった原因は?」
その問いにも男は戸惑った反応を見せた。見え透いた芝居のようにも見えたが、先ほどよりも沈黙が長いという事は、それなりに口にするのが憚れる問題なのだろう。
だが、
「正直に話してもらわないと困るよ。こっちもビジネスなんだから」
と神威が笑顔で一押しすると、あっさりと口を割った。
「実はですね。その不祥事の元となった兎――――女王が逃げ出してしまったのですよ」
「女王? なんだそりゃ」
唐突に話がメルヘンに飛んで、思わず阿伏兎も口を挟んでいた。
「ああ、失礼。説明が抜けました。白兎は品種改良を重ねるうちに集団に適した独特の生態系を持つようになりまして、それがミツバチやアリの生態系と酷似しているのです。一匹の雌がその生態系を支配する。その雌の事を便宜上、女王兎と呼んでいるのです」
そこまで聞くと、どうにも馬鹿馬鹿しくて思わず阿伏兎の顔には笑みが浮かんでしまった。
女王? 生態系?
白兎などと呼んでいるが、これはもはや夜兎族とは別の生き物だ。夜兎にはそんな秩序は存在しない。ましてや一匹の雌が種族全体を支配するなど考えられない。
戦いもせず、意思を持たず、ただ諾々と与えられた餌を喰うそれは、もはや夜兎ではない。
だが呆れ返ってしまった阿伏兎を置き去りに、神威は質問を続ける。
「白兎に自我があるのかい? 逃げ出すって事はそれくらいの知恵があったんだ?」
「ええ……まあ。あったと言うか、我々の予想に反して賢かったと申しますか。女王は色々な意味で特別ですので、我々の言葉を理解できたのでしょう。そして、あるクローン兎と摩り替わり、出荷経路を使って逃げ出してしまったのです。クローンは女王を元に造られていたので、それで発見が遅れまして……気づいた頃には後の祭り。お客様を喰い殺して処分された後だったのです」
なるほど。ようやくここで先ほどの不祥事に繋がるという訳だ。
白兎の生産組織がどういう仕組みになっているかは知らないが、女王を逃がしたとなれば幹部の何人かは首が飛ぶだろう。ならば隠蔽のために、クローン兎の乱心と女王の死は別々の事にしてしまえばいい。
外部の人間である神威や阿伏兎にその事実を語るのは迂闊だが、どうせこの男も当事者ではあるまい。白兎の生産そのものは何十年も前から続いているのだ。昔の不祥事など、ビジネスパートナーである春雨の前で、隠し事をするより安いと判断したのだろう。
「なるほど、ね。じゃあ、この仔達はずっと女王の顔で生まれ続けてくるんだ」
そうして神威は大仰に頷くと、檻の中を覗き込んだ。
その顔が妙に残忍で、阿伏兎はふと嫌な予感を覚えた。
女王と同じ顔。に酷似したその顔。客を食い殺した白兎。
その全てが頭の中で繋がって――――あっと声を上げそうになった瞬間、神威に思い切りマントの首辺りを引っ張られた。
「さ、行こう。阿伏兎。ここにもう用はないよ」
そう笑った神威の顔はいつも通り――――無邪気な殺意に満ちていた。
end
時系列がころころ飛んでわかり難いですね。。
神威と天人の話は2話の続き、すでに数時間前の事になっていて、
アブさんの待ち伏せとヒロインの襲来が現在の出来事です。