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!CAUTION!
この話には暴力的な表現が含まれています。
ヒロインがドS傾向にあります。
苦手な方はお戻りください。




















「くそっ、それ以上動くな!」
 軽やかに飛ぶ銃弾は、まるでタイプライターのような音をさせて飛来した。
 硝煙と血の匂いが辺りに立ち込めている。
 は手近にいた団員を盾にすると銃口へ向けて放り投げ、仲間への発砲に動揺している隙に男の背後へと回った。
 白く細い、冷たい死の指先が男の喉下に添えられる。
「これが最後の警告。なぜ、阿伏兎は私の邪魔をするの?」
「知る……か。俺たちは命令されただけだ。副団長が、お前を外に出すなと」
「本当に?」
 の尖った指先が色素の薄い夜兎の肌を撫で上げ、うっすらと血を滲ませる。の手に躊躇いがない事は、今までの戦闘で十分に知れているだろう。それでも答えないと言う事は、本当に知らないのか。
 が思案していると、ふいに男がぼそりと毒づいた。
「この、同族殺しの白兎が……!」
 への精一杯の侮蔑の言葉。
 だが、には言葉通りの意味は通じなかった。
「同族?」
 と、訝って見せる。
 廊下に沈んだ血塗れの死体は、皆第七師団の団員のものである。その中には夜兎も多く含まれていた。
 は詰まらなそうに、ああ、と呟いてから、男の背をトンと押した。
 押された瞬間、男が傘の先の銃口を向けて振り返る。それをのしなやかな足が弾き飛ばして、白い手が男の喉をやんわりと包み込んだ。
 それに、ゆっくりと力を込め――――
「変な事を言うね。いつ私がお前たち弱者の同族になったの?」




月夜に兎・白の女王





 去ったはずの月蝕シンドロームを呼び戻したのは、神威の執務室に残された一つのファイルが原因だった。次の仕事の詳細が記されたそのファイルには、一枚の写真が挟まれていた。
 白い髪に紅い瞳を持つ、虚ろな顔の女たち。
 にはすぐにそれが“白兎”である事が分かった。愛玩用に品種改良を施された夜兎族で、銀河中の好事家たちに高額で取引されている奴隷である。亡き母もその一人であり、強く母の面影を残すにとって、トラウマの最も奥深くに眠る存在だった。
 白兎が関わるとは冷静で居られなくなる。
 数ヶ月前に白兎の秘密クラブを壊滅させた時、一旦は気持ちの整理をつけたように思えたが、やはりそれだけでの心が晴れる事はなかった。愛好家の一部を殺したところで、養兎場はいくつもの星々に散らばっている。毎年、何匹もの白兎たちが銀河中に出荷されている。その販売ルートを全部洗い出して、ことごとく潰しつくすなど無理だ。
 それに――――は自分がどうしたいのかも良く分かっていない。
 母は白兎だった。白兎を辱める者達は、皆死ねばいいと思う。
 だが、あの生気のない獣の誇りを失った兎たちの、救世主にもなりたくなかった。夜兎の血を引くはずの獣が、主人に尻尾を振って、何の危機感も抱かず、餌を食らって呆然と生きている事に虫唾が走った。
 牙のない獣は喰われるのが道理だ。なら、あの者達は初めから喰われる運命にある。
 叶うのなら、すべて破壊しつくしてやりたい――――
 白兎を辱める者も、それを利用して甘い汁を吸っている者も、飼いならされた兎も、みんなみんな。
 そうする事が、まるで非業の内に死んでいった母へのあだ討ちのようにも思える。だが、その一方でそんな事に何の意味もない事を知っている。
 それでも――――こうして、白兎の存在を知ってしまった以上、は黙っている事など出来なかった。
 天涯号という船をネットで調べると、優秀な銀河ネットはそれが地球の江戸に浮かぶ空中楼閣である事を教えてくれた。明日の晩に、名だたる天人を集めて盛大なセレモニーがあるらしい。表向きは地球との交易だとか、友誼が何だとか言う眠たくなるような内容だが、裏の目玉はあの白兎なのだろう。
 白兎たちに尻尾を振らせて、商品の性能でも説くつもりか――――想像しただけで、吐き気で頭がくらくらした。
 は自室に戻るとありったけの武器で武装し、移動用の小型船へと向かった。
 だが、足が発着場へたどり着く前に、武器を構えた団員たちがの行く手を遮った。
「そのまま大人しく部屋に戻ってもらおう。あんたを何処へも行かせるなと、副団長からの命令だ」
「阿伏兎の?」
 先を読んでいたという事だろうか。
 そもそも今回の任務からを外したのは、阿伏兎の考えに違いない。白兎が絡んでいれば、が暴走すると知った上で、には何も告げず出かけたのだ。
 そして万が一知ってしまった時、ビジネスの邪魔をさせないよう、予防線を張っておいたのだろう。
 だが――――これが予防線?
 くっ、とは唇を歪めて笑う。
「何がおかしい? 言っておくが、手加減なんざしてもらえると思うなよ」
「おい。あんまり苛めてやるなよ。震えてるじゃねぇか」
「そりゃあ頼みの団長も副団長もいないんだ。ナニされるか予想がついたんだろ?」
「おいおい、何するつもりだ。つまみ食いがバレたら、団長にぶっ殺されるぜ?」
「どうバレるって言うんだよ。団長に泣きつくか? アタシ汚されちゃいましたって」
「ははっ。言えるはずないよなぁ。それに俺達に喰われるようなオンナに、団長は興味ねぇよ。お払い箱になるだけだ」
「なぁ、早くお楽しみと行こうじゃねぇか。ずっと前からこのオンナ、嬲ってやりたかったんだよ」
「ああ。たまんねぇな。これだから……白兎ってのは」
 ゾクリと背筋が震えたのは、きっと武者震いの類なのだろう。
 相手が下衆であった事に感謝したいくらいだった。相手が同じ団員で、夜兎であるという事を差し引いても、これなら加減など考える必要がない。
 おさまりかけていたの殺意と狂気が、血の目覚めと共にざわつく。
 ここに居るのは獲物と狩人だ。
 自分たちこそが狩人だと勘違いしている愚か者に、自然の摂理を教えてやろう――――
 は酷薄な笑みを浮かべると、腰の刀をすらりと抜いた。




end


再び狂気を携えて。
次回、神威・阿伏兎サイドの話。