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 零時が近い。
 時計代わりに付けっぱなしのままのテレビが、今日最後のニュースを終えた。
 万事屋の居間には銀時との二人だけ。
 新八と神楽は、理由をつけて志村家に泊まりに行かせている。
 はソファに腰掛けたままじっと手の平を見つめ、銀時は黙りこくったまま何度読んだか分からないジャンプをぺらぺらと捲っていた。
「あ、あのね、銀さん」
 沈黙に耐えかねが口を開いた瞬間、コツコツと玄関の戸を叩く音が響いた。
 がはっと息を飲み込み、振り返る。銀時は黙って机の上に放り投げた刀を手に取った。いつもの木刀ではない、真剣のそれに銀時の本気がうかがえる。
「ね、ねえ、やめようよ。私、どうせ明日には出て行くんだし。こんな事、する必要ないよ」
 そう縋りつくを振りほどき、銀時はそれを腰のベルトに引っ掛けた。
「そーゆー問題じゃねぇだろ」
 と、一言。
「でも……」
「きっとここにバァさんが居たらこう言うぜ? “いい子じゃないか。守っておやり“って」
「銀さん……」
 そして再びコツコツと戸が叩かれたかと思うと、ゆっくりとそれは開かれた。
 開け放たれた隙間から燦々と月の光が差し込んで、異国の装束を纏った巨躯の男が月を背に告げる。
「さあ、かぐや姫を返してもらおうか」




月夜に兎・墜落少女04





 物語は数時間前に遡る――――
「ったく、面倒かけやがって」
 地面に叩きつけられた二人を前に、夜兎の男は怒ったような呆れたような顔を見せた。それは逃げ回った銀時に向けられたものかと思いきや、銀時の腕の中で身を縮こまらせているに向けられていた。
 の身につけた桜色の着物を見つめ、ふと目を細める。
「そいつはこの国の服か? 悪くねぇ……が、あの人は嫌いだろうなぁ」
「あの……人?」
「我等がバカ団長様に決まってんだろ。アイツははた迷惑なくらい嫉妬深いからな。自分以外の人間が着せた服なんか着てってみろ。その場で身包み剥がされるぞ」
「だん、ちょ……?」
 鸚鵡返しにしか言葉を繰り返さないに、男――――阿伏兎は眉根をひそめた。その違和感を嗤うように、残念だったな、と銀時が息も絶え絶えになりながら告げる。
「そいつぁ……ナンも覚えちゃいねぇよ。記憶喪失だ……てめぇが何者なのか、何やらかしたのかも、しらねぇ」
 一瞬、阿伏兎の顔が間抜けなほどに呆けた。
「おい。冗談はよせ。俺の事も知らないってか?」
 凄むように顔を寄せると、は涙目になりながらぶんぶんと首を横に振った。
 は、と呼吸と思考を止め、次の瞬間、阿伏兎はの手を乱暴に掴みあげていた。
「やっ、やだっ!」
 宙吊りにされたが痛みを訴えるように、顔を歪める。
 その涙でぐしゃぐしゃになった顔を凝視し、阿伏兎は手を離した。するりとの腕が抜け、はしたたかに尻餅をついた。
「ああ……、くそっ」
 誰に向けたとも知れぬ悪態と舌打ちが、頭上から降りてくる。
「なかなか帰ってこねぇと思ったらそういう事か。いや、そんな事より、話をどうつけりゃいいんだ? あのバカの事だ、皆殺しにしてでも攫えとか言いそうだしな……」
 ぶつぶつと呟きつつ、阿伏兎はちらりとを見やった。膝を折り、の視線の高さにしゃがみ込むと、
「なぁ、素直に俺と来てくん、」
「いや!」
「だよなぁ」
 即断されて、阿伏兎はがりがりと頭を掻き毟った。
 そして、銀時の方をちらりと見やる。
「俺達はコイツの仲間だ。なかなか船にもどらねぇ仲間を探しに来たら、アンタがと一緒に居るのを見つけたってわけだ」
「……あれだけ派手に暴れて、今更仲間ってか?」
「信じる必要はねぇよ。ま、部下共が勝手にドンパチやったのは誤算だったがな。俺も出来れば穏便に済ませたい。同胞を救った恩人を皆殺しってのも……寝覚めが悪いからなぁ」
 阿伏兎の殺気に反応するように、銀時が木刀の柄に手を這わせた。それを認めて、阿伏兎はにやりと唇に笑みを浮かべたが、すぐさまそれを引っ込めてに視線を戻した。
「今晩、零時に迎えに行く。それまでに近辺整理を済ませておけ」
 要求は完結に、それだけを告げると阿伏兎は撤収だと言うように、部下をひき連れて去っていった。
 壊れたスクーターに、身体中に傷を作った銀時と
 別れの時は、一方的に告げられたのだった。





 月を背に陰を纏った阿伏兎の身体は、陽の光の下でも見るよりも巨大に見えた。
 夜兎独自の殺伐とした空気を纏って、ゆったりと歩みを進める。
「どうやら素直に返してはくれねェか」
「悪ぃな。俺は借パク銀ちゃんと呼ばれるほど、一度貸したら返さないことに定評があんだよ」
「くくっ、てめぇそりゃパクってるだけじゃねぇか」
「こちとら借りた自覚がないんでね。あれ、くれたんじゃないの?」
「はっ、てめぇとはお友達にゃなれねぇよ」
 阿伏兎がにやりと笑みを深めたその一瞬だった。
 阿伏兎の携えた蒲葡色の傘が銀時に向かって放たれた。
 銀時は最小限の動きでそれをかわし、阿伏兎の懐に飛び込む。渾身の一撃で跳ね上げると、阿伏兎の巨躯は玄関の戸を巻き込んで倒れた。
 派手にガラスが砕け散った地面で、阿伏兎はゆっくりとした動作で己の頭に触れる。そして、鮮血で濡れる指先を眺めて、可笑しそうに笑った。
「くくっ、地球人ごときが楽しませてくれるじゃねぇか」
 笑うと共に阿伏兎の動きは俊敏だった。
 腰のバネだけで起き上がると、刀を構えた銀時に向かって猛進した。
 ギィンと傘と刀がぶつかり合う鋭い音がする。
「よお、兄ちゃん。宇宙海賊って興味ねぇか? 楽しく可笑しく暴れるのがモットーなんだがよ」
「ねぇよ。んな、ジャンプも読めねぇような職場、願い下げだぁ!」
「そりゃ残念」
 至近距離でのつばぜり合いから、激しい斬りあいへともつれ込む。はソファの陰で震えながら、二人の男の闘う様を凝視していた。
 阿伏兎を相手に銀時が劣っているようには見えない。だが、万事屋はきっと、あの大勢の異星人たちに囲まれてしまっている。仮に阿伏兎を倒しても、何処へ逃げる? 自分が何者かもわからないまま、何に縋って逃げていく?
 答えのない疑問をがひたすらに繰り返していると、ふいに月の光が遮られた。
 それは一瞬。まるで風のように入り込み、の背後に立つと。
「まったく。俺の事を忘れちゃうなんて悪い子だね」
 絡め取るように両手がの身体を抱きすくめた。
「え……?」
 耳元で囁かれた低い声。わずかに香る血の匂い。優しくを包み込む感触に、は一瞬眩暈を覚え――――
「死ねッ、バカ兄貴―――――!!」
 瞬間、押入れががらりと開いたかと思うと、傘を手にした神楽がの背後に立つ男に向かって、襲い掛かったのだった。




end


今更ですが、吉原編前の話のつもり。
なので、万事屋と夜兎組の面識はないです。