月夜に兎・墜落少女03
「で、率直に言うとだ。うちにはガキ二人もいるし、ペットまでいるし、その上、記憶喪失で前科持ちの女、匿ってる余裕はねぇんだよ」
「……」
「ま、神楽には俺からうまく言っとく。バァさんに頼めば、当座の住むところくらいは紹介してもらえるだろうし」
「……」
「まぁ、その……なんだ。別に今生の別れってワケでもねェんだ。会いたくなったら、その時はいつでも……って」
「わぁ、銀さん! 見て見て!!」
「聞いてる、チャン?」
足元に寄って来た鳩の大群を見つめながら、が子供のような顔ではしゃいだ。
プリンを買った帰り道の公園で、銀時は意を決してに話を切り出したわけだが、とうのは鳩に餌付けするのが楽しすぎて、まったく銀時の話を聞いていない。
「で? なんの話だっけ?」
と、パンをまるまる一つ千切り終え、一仕事終えた後のような顔でが聞く。
銀時は片手にしたイチゴ牛乳の紙パックを、中身が噴き出すのも気にせず握り締めるた。
「だからうちはもうパッツンパッツンなの! 余裕ないの! わかる? アーユーアンダスターン??」
「あ、私、英語はちょっと……」
「意味わかってんじゃねぇか!! とにかく、そういうこった。分かったら近いうちに荷物まとめろよ。俺の話はこれだけだ」
くそっと胸中で毒づいて、銀時は気持ちを落ち着かせようと二本目のイチゴ牛乳を開けた。わざわざこっちがオブラートに包んで、色々気を回しながら話を切り出したというのに、全然思いやりが通じていない。
対するはようやく銀時の苛立ちが通じたのか、寂しげな微笑を浮かべている。
「ま、そうだよね」
と、笑って。
「ごめんなさい。なんだか居心地がよくって居座っちゃった」
「……」
「分かりました。明日、出て行きます」
「お、おう」
自分から切り出した話だが、の決断が早くて銀時は思わず動揺してしまった。いや、もう少しゆっくりでもいいんじゃねぇの、と引き止めそうになり、言葉を飲み込む。
「ま、その……ありがとよ。お前が居てくれて助かったつうか、悪くなかったつうか……ガキ共も喜んでたのに、追い出すような真似しちまって……」
「ううん、分かってる。こっちこそありがとう。たった数日だけど楽しかったよ。誰かのためにご飯作ったり、皆が帰って来るの待ったり。そういうの……なんか懐かしいなぁって」
銀時は無言でかりかりと鼻の頭を掻いた。
記憶はまだ戻らないんだけどね、とが微笑みながら続ける。
「なんだか、昔……こうしていた事があるような気がするの。お父さんが居て、お母さんが居て、あと……」
そこでは言葉を区切った。
霞がかった記憶の向こうに想いを馳せるように、目を細めて見せる。
夕陽を受けたその横顔が、なんだか妙に頼りなさげに見えて、銀時はゆっくりと指先を伸ばした。
その指先でどこに触れようとしているのか――――勇気付けようと肩を叩くのか、わずかに溢れた涙を拭ってやるのか、それとも……やっぱり行くなとその身体を抱きしめるのか、自分でもよく分からないうちに手が伸びていた。
「なあ、……」
名を呼んで――――
だが、その指先がに触れる事はなかった。
「探したぞ、」
二人の座ったベンチを取り囲むように、黒づくめの男たちが三人、何処からともなく現れた。
の名を知っている。顔見知りなのか追っ手なのかは分からないが、地球人でない事は確かだった。
異国の装束に臙脂色の番傘。このいでたちから連想する種族は一つしかない。
「ちっ、ドーラ一家のお出ましってか。そういうのはCMの後にしろよ」
銀時が苦々しく呟くと、男の一人が目を細めた。
「我々が何者かお前が知る必要はない。その女を渡してもらおう」
「80年代のジャンプの悪役みたいな台詞はきやがって。シティハンターですか、コノヤロー」
「渡せと言うのが聞こえなかったのか?」
「ハッ、なにを勘違いしてるんだかねぇ。この女、飛行石を持ってるどころか、記憶喪失な上、前科持ちだぜ? とてもラピュタにたどり着けるとは、」
「御託はいい」
その言葉を合図に左右に位置した男が、傘の先についた銃口をゆっくり銀時に向けるのが見えた。夕方の公園。人はまだ多いというのに、ドンパチするのも辞さないという率直さに銀時は呆れた。
「銀さん……」
が不安そうな顔で、銀時の名を呼ぶ。
まったく――――
そんな顔をされては、一介の主人公としては無視できるはずがない。いたいけな少女が悪党に連れ去られようとしているのなら、侍がする事は一つだ。
「、伏せろ!」
男の一人がの手を乱暴に引いた瞬間、銀時の刀が真下から空へ向けて一直線に伸ばされた。
ぐっと呻き声を挙げて、男の身体が宙に飛ぶ。それと同時に二挺の銃が発砲したが、銀時の動きは弾丸よりも早かった。
片方の男を蹴り飛ばし、の身体を掴むとスクーターに飛び乗って全速力で駆けた。
「止まれ! 止まれぇ!」
そんな声が銃声と共に後方から響く。
「ぎ、銀さん、前!」
銃声と怒号を聞きつけ、草むらのあちこちからマントを羽織った、黒づくめの男たちが集まってくる。
「ちっ、囲んでやがったのか……。、しっかり捕まってろ!」
銀時はの両腕を自分の腰に回させると、アクセルを全開にし、人の壁の中へと突っ込んでいった。
飛び交う銃声の中、銀時はスクーターをウィリーさせ、歩道のわずかな段差に乗り上げると――――その勢いを利用して、宙を飛んだ。
銃を構えた男たちが、驚きの顔で空を見上げる。
「悪ぃな、ラピュタは俺のモンだ」
銀時はにかっと笑みを浮かべると、人垣を飛び越え乱暴に地面へと着地した。
そして公道へ向かって一直線にスクーターを走らせたが――――
「銀さん! 危ないっ!」
の悲鳴とそれは同時だった。
飛び出してきた男の、銃口が二人をまっすぐに狙って――――
着地を終えたばかりのスクーターは、軌道を反らす事が出来ない。
やられる、と銀時が覚悟した瞬間、それは緊張感のない妙に間延びした声と共に現れた。
「ったく、手当たり次第に撃ちやがって。このすっとこどっこい」
一瞬のこと。一際大きな蒲葡の傘が男ともども、二人が乗ったスクーターを跳ね上げた。空中で瓦解する車輪やパーツ。
直撃を受けた銀時は、の頭を自分の胸に押し付けて、落ちる事しか出来なかった。
衝撃。
「ぐっ……ごほっ……」
背中をしたたかに打ちつけ、銀時はむせ返った。
「銀さん!」
腕の中のが無事そうで、苦しげな表情にわずかに笑みが浮かぶが、それはすぐに消えていく。
「間違ってに当たったらどうする。殺されんのは俺なんだぞ、このすっとこどっこい」
全身に包帯を巻きつけた巨躯の男が、冷たい双眸で二人を見下ろしていたのだった。
end
80年代のジャンプ漫画なんてよく知らないけど、
シティハンターに出てきそうな黒服(三下)が、一度は言ってそうだったもので。
襲撃者は一応、夜兎のつもり。
あ、天気は曇りだったってことで(笑)