あの日からニュースでは、天涯号襲撃事件ばかりを繰り返し報道している。初め容疑者として取り扱われていたは、やがて犯人と断定され、今では立派な凶悪犯として報じられている。
幸い似顔絵がまったく似ていないため、いまだ警察の手は伸びていないが、いつ逮捕礼状を手にした奴らが乗り込んでくるのかと銀時はビクビクしっぱなしだった。
というのも――――
「みんなー、ご飯できたよー」
キッチンから響く明るい声に、神楽がきゃっほうと歓喜の声を上げて立ち上がる。
「、今日のご飯なにアルか?」
「今日はねー、麻婆豆腐だよ」
「本当アルか!?」
「さん、昨日もマーボーだったような……」
「新八、文句言うなら帰るヨロシ。マーボーは幸せな家族の味ネ! 毎日食べても飽きないアル!」
まぁまぁ神楽ちゃん、と笑ってエプロン姿のがいそいそと碗に米を盛り付ける。
一際大きな碗にご飯を山盛り盛り付けて、
「はい、銀さん」
笑顔でがそれを差し出す。
手渡された茶碗を片手に、銀時は釈然としないものを感じる。
何故だ――――
何故、このフラグ満載女は万事屋に住み着いているのだ、と。
月夜に兎・墜落少女02
銀時の行動は素早かった。
がにこりと微笑んで助けてくれませんか? と告げた瞬間、銀時は猫のような素早さで踵を返し、
「おまわりさーん、ここに! ここに凶悪犯があああああ!」
と、スナックお登勢のドアを開けて、叫び声を上げたのである。
外に飛び出して、もう一度叫び声を上げたらその声はもしかしたら土方に届いていたかもしれない。だが、銀時が再び声を上げる事はなかった。
何か硬い――――鋭利な光を放つ“それ”が、銀時のうなじに突きつけられていたのである。
「え、ええと、……チャン?」
顔を引きつらせ肩越しに振り返ると、の柔らかな笑顔と鋭利な刃が銀時を迎えた。
笑顔に反して唇から零れた言葉は硬く、
「死にたくなかったら……助けてくれるよね?」
とても助けを求める、いたいけな少女の発する台詞ではなかったのである。
そんなわけで、善良な一市民を刃物で脅し、この凶悪犯罪者は万事屋に住み着いてしまったのだった。
銀時は未だにこの凶悪犯との奇妙な食卓に慣れないのだが、子供たちは順応力が高いのかすっかりに心を許している。神楽など餌付けがかなり利いたのか、どこに行く時もにべったりでまるで猫の仔のように懐いてしまった。
「でも、いい人みたいで安心しました」
部屋の隅で掃除機をかけるを、ソファに座って眺めながら新八が呟く。
「料理も上手だし、黙ってても家事とか手伝ってくれるし。凶悪犯って言うから最初は驚きましたけど、あんな優しい人が犯人のはずないですよ。事件の事もなにか事情があるに決まってます」
そう断言した新八を銀時は呆れた顔で一瞥し、さあなと呟いて読みかけのジャンプへ視線を戻した。
「どんな事情があるか知らねぇけど、いつまでも置いとくわけにはいかねぇよ。うちにはもう胃拡張娘とバカ犬がもう居るんだからな。食費だってバカにならねぇ」
「いいじゃないですか、食費くらい。家事やってもらえば、そのくらいチャラですよ。銀さんだって助かってるでしょ? さんが居てくれて」
そう言われてしまうと、確かにそれは否定できない。
今まで一食一菜が主だった質より量の坂田家の食事は、が来てから格段に質が上がった。家事全般を完璧にこなし、神楽の面倒から、定春の散歩まですべてやってくれている。
だが、助かるからと言って、そう簡単に割り切っていいものでもないのだ。
は神楽や定春とは違う。銀時より歳若いと言っても、もう子供という年齢ではなかった。いくら神楽が居るとは言え、男の住まいに若い娘が転がり込んでくるのはどうだろう。
しかも、記憶はないくせに前科はある。そんな人間をいつまでも匿って、ただで済むと思えるほど銀時は楽観主義ではない。
「でも、さんを追い出すなんて言ったら、神楽ちゃん大暴れしますよ?」
神楽の耳に届かないよう配慮しながら、新八が身を乗り出してこそっと告げた。
確かにそれは銀時にとっても、一番の懸念だ。視界の先の神楽はが困った顔をするのも厭わず、の腰に張り付いて離れない。が来てからずっとこうだ。姉御と慕うお妙とはまた違う反応――――そう、まるで母親に甘える子供のような顔。
『はマミーに似てるアル。温かくって、いいにおいがして……。の作るマーボー、マミーと同じ味がするネ』
そんな事をはにかんだ顔で言われてしまったら、母親を思い出した少女からを取り上げる事など出来ない。少なくとも自身の口から、出て行くと言ってもらわなければならないだろう。
「……プリン買って来る」
「ちょっ、銀さん!」
「〜、プリン買いに行くぞ」
銀時は新八の声を無視して、掃除機をかけるに声をかけた。
私も行くアル! と飛びついて来た神楽を、お前はいいんだよと押しのけて。
銀時はをスクーターの後ろに乗せて、わざと遠い隣町のスーパーへと出かけた。
end
ヒロイン居座っちゃいました。
が、銀さんはあまり快く思っていないようです。