この話には暴力的な表現が含まれています。
兄ちゃんが女々しいです。
ヒロインが相変わらずSっこ。ちょっとツンツンデレデレしてます。
苦手な方はお戻りください。
正直に言うならば、初めは好奇心の方が勝っていた。
自分に向かって獲物を狩るみたいな殺意を向けてくる女。その生意気な鼻っ柱を折ってやりたいと、闘争心と嗜虐心が沸いた。
殺さなかったのはたぶん気まぐれだったと思う。もしあの時――――邪魔が入らなければ、神威はを殺していただろう。
勝利を確信した瞬間、が敗者となった瞬間、神威の彼女への興味は失せたからだ。
だが、興が削がれて少し落ち着いて、ふと神威の中で好奇心が首をもたげる。
これだけ戦える女なのだから、この女の子供は将来有望なんじゃないか、と。
勿体無いな、と思ったのと同時に、子供を生むまでどれくらいかかるんだ、と真面目に考えた。腹に宿ってとつき十日。更に闘えるようになるまで一体何年かかる?
それに――――この女は誰の子を産むんだ?
そんな事を気絶しているの顔を眺めながら考えて、ふと天啓のように答えが浮かぶ。
ああ、俺の子供を生ませればいいんじゃないか、と。
月夜に兎・月蝕シンドローム05
「それが私に構う理由? 馬鹿じゃないの? サイテー。酢昆布以下ね。死ねば?」
矢継ぎ早に放たれた悪口雑言に、流石の神威も苦笑を浮かべた。
まあ勝手に幸せ家族計画に組み込まれたにしてみれば、迷惑極まりないものだったろうし、その頃はまだ敵同士。そんなを嬲って力付くで自分のオンナにしてしまおうというのだから、非難されても仕方がない。
――――とはいえ、宇宙海賊と殺し屋の間に、普通の男女のような恋愛が芽生えるはずもないのだ。
「でも、は俺に負けた。それは事実だろ?」
そこを突かれると途端には言い返せなくなる。
敗者には抵抗どころか反論すら許されない。殺されようが嬲られようが、それは神威の自由だ。その道理が分からないほど、も馬鹿ではない。
だが、神威にも誤算があった。
は毒の口付けをするような女だったし、神威はの紅い瞳が何であるかを知っていたから、彼が今まで相手にしてきたような、抱く事で懐柔できる女だと思い込んでいたのだ。
それが、まさか泣かせる事になるとは思わなかった。てっきりふてぶてしく笑うか、こちらを逆に誑かすような挑発的な態度で応じると思っていた神威にとって、その涙はあまりに予想外だった。
普段の彼ならば、女の涙や破瓜の血に動揺などするはずが無い。嗜虐心を掻き立てられるか、逆に興ざめするかそのどちらかだっただろう。
だが、がそれまで見せていた鋼のような暗殺者の顔が、あまりにその姿とかけ離れていて、柄にも無く罪悪感を覚えてしまったのだ。
女を抱く方法は知っていても、涙を止める術など知らない。慰めの言葉などかけられるはずがない。ただ罪悪感と居心地の悪さに苛々して、逃げるようにその場を去った。
きっとその辺りから、捕らえるつもりが捕らわれ始めていたのかもしれない。
の事を知るごとに、の危うい不安定さが気になって仕方なくなった。
が最初に見せたストイックな殺意は、の中のほんの一面でしかなかった。
の戦いは実に淡白で、相手を壊すという目的にのみ伸びている。神威や阿伏兎のように、戦闘そのものを楽しむという夜兎らしさがない。だから武器を振り回す。殺す事に形振り構わない。実に純度の高い暗殺者の顔だ。
かと思えば、ふいに純粋な少女に戻り、自分の出自について悩んだり、傷ついたりするのだ。年相応の娘のような顔で、照れたり、怒ったり、笑ったり、まるで百面相でわけが分からない。
そして、時たまその顔も崩れ、暗殺者の顔も少女の顔も捨て悪魔のようなそれになる。“殺し過ぎない”のモットーを自らで踏みにじる。今のように残虐さと苛立たしさを胸の中に同居させ、獰猛な獣のように獲物を求めるのだ。
きっとまだ幾つもの顔を、その中に隠しているのだろう。神威の見たことのない姿を、自身ですら知らない顔を、潜ませている。
これは刃物で組み立てられたタワーなのだと思った。ジェンガやトランプタワーのような、アンバランスに保たれた不安定な人間。一回崩れたら元には戻らないのに、ぐらぐらと揺れるそれは脆そうでいて意外と均衡をうまく保っている。
その芸術のようなぎりぎりの調和に、たまらなくゾクゾクした。
すごくすごく大切で、壊れないように守りたいのに、その一方でそれが粉々に砕ける瞬間を夢想してしまう。
自分はこの手でタワーを壊したいのか、守りたいのか、それともただ崩れるその瞬間に立ち会いたいと思っているのか分からない。だが、この刃物で形作られた銀色の兎を、側に置き、独り占めしたいと思ったのは事実で。
それが世間一般で恋と呼ぶのか愛と呼ぶのか知らないが、神威にはそんな事はどうでも良い事だったのだ。
「歪んでる」
思いの丈をすべて伝えると、が不本意そうな顔でぽつりと呟いた。
「知ってる」
と、神威は笑う。
「でも、どうだっていいだろ? 俺がイカれててもそうじゃなくても、きっと俺達は変わらなかったと思うよ。俺は壊すのも守るのも、俺だけでいいと思ってる。むしろ……他の男にそんな事されたら、嫉妬しちゃうかも?」
だから、の心を乱す存在は、すべて阿伏兎が殺し尽くせばいいと思う。
が壊れて崩れ落ちるのなら、その調和を崩す不協和音は、見知らぬ馬の骨などではなく神威自身であるべきだ。
「呆れて物も言えない」
ぷいっと顔を背けたその仕草を、神威はなりの照れ隠しと判断した。
きつく抱きしめて、首筋に柔らかく噛み付くように歯を立てる。
少しばかり好戦的な所有の証を残し、
「が殺していいのは俺だけ。が殺されていいのも俺だけだ」
そもそも月経と同じように、その不機嫌な月蝕シンドロームはそう長く続かない。
しばらくは不貞腐れたような、拗ねたような態度を取っていたが、やがて何事もなかったようにいつもの彼女へと戻っていった。
阿伏兎などにしてみれば迷惑この上ないので文句の一つでも言ってやりたいのだが、その辺は固く神威に禁じられているため、何も無かったような顔で接し日常に戻っていくのが常だった。
そして、いつもの平凡な宇宙海賊の日々に戻った彼らの元に、とある仕事が舞い降りた。
春雨幹部の護衛という酷く眠たくなるような内容。神威は面倒くさがってごねたが、体裁上団長が出向かないわけにもいかないので、阿伏兎に引っ張られるようにして神威は仕事へ赴いた。
「行ってくるよ」
と、留守番のに告げた神威はいつも通りで、は何の違和感もなく彼らを送り出した。
そして、不在中の執務をこなすべく団長室で書類を眺めていると――――ふと、それがの目についた。
引き出しの奥に無造作に突っ込まれた黒いファイル。
何気ない気持ちではそれを手繰った。
そして――――飛び込んできた情報に、は思わず眉根をひそめる。
江戸幕府の高官と天人の黒い繋がり。春雨の介入。奴隷の売買。
「天……涯号?」
確か今回の仕事先がそんな名前の飛空船だったはずだ。では、今回二人が向かった仕事はこれだったのだろうか。だが、そんな話は聞いていない。ただ、とある場所で開かれるセレモニーで要人を護衛するだけだ、としか。
は掻き立てられる不安を打ち消すように、性急な仕草でファイルを手繰った。
そして、
「!?」
添付された画質の悪い写真を目にした瞬間、の紅玉の中の瞳孔がきゅうっと縮まった。
白髪と紅い目、透き通る肌をした胡乱な顔の女たち。
背中を駆け上がる悪寒から逃れるように、は己の両肩をきつく抱きしめた。
end
最後の伏線は次章以降に続きます。
今まで単発で進んできましたが、ここらでうまくまとめられるといいなぁ。
とか思いつつ、これにて「月蝕シンドローム」は完結です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!