この話には暴力的な表現が含まれています。
ヒロインがドS傾向にあります。
苦手な方はお戻りください。
月夜に兎・月蝕シンドローム03
笑顔だが、相手を徹底的に凹ませる容赦のなさで――――
「阿伏兎の役立たず」
自分なりに健闘したつもりの阿伏兎は、上司の心無い叱責にどんよりと顔を曇らせた。
「そうは言いますがねェ、団長……」
あの状況であれ以上どうしろと言うのだ。
にとって最大の禁句である白兎を貶める言葉で、はあっさりと飛び越えてはいけない分別の境界を渡ってしまった。
完全にスイッチの入ってしまったは、まさに悪魔そのもので次々と狗共を屠っていったのである。舌を引きずり出し、頭をかち割り、脳漿をぶちまけて、喉を引き裂いて――――
一瞬の隙を付いてに当て身を食らわせ、その間に残りの狗達を逃がす事くらいしか出来なかった。
は大いに不満だっただろう。
『阿伏兎……死ぬの? 死にたいの? 死ねば?』
と、よく分からない活用を用いて、阿伏兎に食って掛かってきた。
だが、神威との約束を忘れたのかと叱り付けると、は膨れっ面をしながらも黙って武器を納めた。
最悪と一戦交える事を予期していた阿伏兎は、胸をなでおろしたわけだが、の機嫌はますます悪くなり、戦艦に戻るなり神威への報告すら怠ってさっさと自分の部屋に引きこもってしまったのである。
そして、独り神威の元へやって来た阿伏兎には、神威の心無い言葉。
「護衛失格だね、阿伏兎」
心臓を抉る様な上司の言葉に、阿伏兎はため息を漏らす。
「言いたい放題言いやがって、このスットコドッコイ。だいたいあの猛獣を一体誰から守れって言うんでしょうねェ、この団長様は」
精一杯の嫌味を込めて言ってやると、神威はニコニコと笑みを浮かべたまま、阿伏兎は馬鹿だなぁ、と言い返した。
「なっ、おまっ!」
「俺、いつの身を守れなんて言った?」
はぁ? と阿伏兎は顔をしかめて、神威の顔を睥睨する。
「てめェで言ったんだろーが。に付いてけって」
「言ったよ。でも、俺はの身を守れなんて一言も言ってない」
「あん? だって護衛っつったろーが」
「言ったね。でも、守るの意味が違うよ」
言葉遊びのような問答を繰り返し、阿伏兎は益々顔をしかめて見せた。さっぱり意味が分からない。
「どういうこった」
眉間に皺を寄せて詰め寄ると、神威は無邪気な顔でくるくると阿伏兎の目先で指を回して見せる。
「俺はね、あの状態のにあんまり殺しをさせたくないんだ」
「あァ? つっても、ありゃあ殺人狂だぞ?」
「だからさ。お前はその露払い。お前の役割はがキレちゃう前に、対象を全員……皆殺しにすること」
神威の目がすっと細められて、阿伏兎は一瞬全身の毛が逆立つような威圧感を感じた。
じゃあ、なにか……?
俺の正しい役割は、あの狗共を逃がす事なんかより、声をかけて来た時点で――――否、視界に入った時点でよりも早く始末する事だったのか。
じゃあ、元老はどうなる。
は神威との最低限の約束は守り、元老の前では大人しくしていた。
だが――――もし、元老の内の誰かがの地雷を踏んでしまい、のタガが外れてしまったら……?
その瞬間に、阿伏兎に元老共を皆殺しにしろとでも言うのか。
一度殺してしまった相手をもう一度殺す事は出来ない。
だから……が殺せないように、先に殺してしまえ、と。
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、そもそも常識がこの男に通じるはずがないと言うことを思い出す。
「アンタ……正気か?」
「勿論。ま、流石に元老に噛み付くのは得策じゃないから、には約束させたじゃん」
何が約束だ。
あんな――――子供に言い聞かせるような言葉で。
「じゃ、次はうまく殺ってね」
ぽん、と肩を叩いて、神威は阿伏兎の脇を通り過ぎていく。
どこに行くつもりだと問いかけようとして、答えなど決まっていると知り口を噤む。代わりに別の問いが阿伏兎の口をついていた。
「アンタ、俺が最初にとやり合おうとした時に邪魔したな?」
そもそも何故、に殺させたがらない。闘う事こそ夜兎の正義だと口にするくせに。
神威はちらりと肩越しに振り返ると、くすりと口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「嫉妬だよ」
と、妙にあっさりした答えが返って来る。
「だってムカつくじゃん。俺以外の男にが殺意を抱いたりするの。の顔に他の男の血が飛び散るとか……耐えられない」
だからさ。余計な男はお前が先に殺してよ――――
そう無邪気に言ってくる眼。
阿伏兎は苛立たしげに大きな音を立てて舌打ちすると、
「だったらてめぇで殺りやがれ」
睨み付けた視線の先で、神威が笑いながらかぶりを振る。
「駄目だよ。だって俺の手が汚れちゃ、に触れられないじゃないか」
end
やっぱり神威の愛情は常人とは異なるものでした。
巻き込まれる阿伏兎はいつも涙目。頑張ったのに。