この話には暴力的な表現が含まれています。
苦手な方はお戻りください。
月夜に兎・白兎愛好会05
「まあ、そういう来歴ですので、貴方もどうぞお気をつけて。流石に夜兎でも、アレを噛み千切られちゃねぇ」
紳士ぶっていた男の顔に、いやらしい笑みが浮かぶ。
夜兎が欲深いと言う点は否定しないが、こんな男が同族なのかと思うと、”白兎”の存在以前にげんなりとした。
男はの顎をついと指先で上向かせて、
「なにせ兎の仔は兎ですから。咥えさせていたらウッカリなんてね」
そんな野卑た言葉を、男が冗談混じりに告げた瞬間だった。
の唇が薄く空いたかと思うと、次の瞬間、凶悪なほどに尖った牙がその指に噛みついていた。
「フグォ!?」
豚の鳴き声のような響きをさせて、男が身を引く。
だが、は逃げる隙を与えず、おもむろに立ち上がると、渾身の蹴りで椅子ごと男を蹴り飛ばしていたのだった。
派手な音を鳴らし、椅子ごと男がひっくり返る。
「キ、キィィィィ、キサマァァ!?」
すぐさま男の手がポケットをまさぐり、銀の笛を取り出したが、口にくわえる直前で、の足先がその腕をしたたかに踏み付けた。全体重をその一点に込める様に力を入れ、びきびきと床にひび割れを作る。
「なっ、な、なぜ、白兎が……!?」
男の困惑した瞳が視界の先で微笑む神威に向けられた。
この期に及んで、まだが意思のない白兎だと思い込んでいるらしい。飼い主の神威が何か命じたのではないかと、訴えかけるような顔だった。
だが、神威はただ無様に転がった男にニコニコと微笑みかけながら、
「なあ、俺の兎は可愛いだろう? 粗野で凶暴で、飼い主にだって殺すつもりで噛み付いてくる獰猛な奴なんだ」
鈍い音がして、男の腕が粉々に砕けた。
絶叫の中、男はの瞳にあるはずのない夜兎の狂気が集うのを見た。
血の色に似た真紅の瞳。白く傷一つない整った顔に、酷薄そうな笑みを浮かべて――――
ゴキリ、と腕全体を侵食するように、端から骨を粉々にされる。
そして響く、絶叫。
「なんだ。結局、が殺しちゃうんじゃなか」
背後での凶行を眺めていた神威が、退屈そうに呟く。
だが、はかぶりを振った。
「私が殺すより、もっと相応しい死があるよ」
ふっと口元に凶悪な笑みが浮かんだ。
そして、は大きく息を吸い込むと、神威にも男にも聞こえない甲高い声で――――啼いたのだった。
途端、フロアの喧騒がどよめきに変わり、やがてそれは誰の物ともつかない悲鳴に変わった。
床に横たわったまま、男は信じられない光景を目にする。
従順で大人しい家畜であるはずの白兎が、目に狂気を宿し、一斉に飼い主に襲い掛かったのだ。
「な、なん、な、あ、あぁああああぁあ……」
「本当に耳障りで不愉快な音」
男の身体をまたぐ様にして踏み付けたが、忌々しそうに呟いた。
ゴキリ、と最後に男の足を粉々に砕いてから、はその身を引いた。
最早、この場に居る意味はないと悟ったのか、神威と肩を並べて早々に退散する。
「何て言ったの?」
彼には決して聞こえない音の正体を、神威は怪訝そうな顔で知りたがった。
「べつに。普通の事を言っただけ。夜兎の本能に従い――――殺せ、かな?」
「ああ、それはいい。ここの白兎には最高の命令だよ」
着飾った兎も、バニーガールの兎も、皆笑ながら拳を振るう。
血が噴出して、骨が砕けて、肉が千切られ、筋が切れて。
阿鼻叫喚。
まるで地獄絵のような世界だが、絶叫と濃厚な血の匂いこそ夜兎には相応しい。
はくるりと首だけを振り向かせて、動けずに倒れている男に言い放った。
「良かったね。あなたの可愛いウサちゃんが殺しに来るよ?」
にっこりと、天使のように悪魔の笑みを零して――――
銀の髪を揺らす背中は、やがて闘争で溢れた人ごみの中に消えていった。
「なんだこりゃあ」
阿伏兎は目の前で繰り広げられる殺戮の光景に、ただ呆然と見入っていた。
一体、何が起こったのか。
とある瞬間、白兎達がびくりと跳ねるように肩を震わせた。そして、しばし呆然としていたかと思うと、次の瞬間、瞳に紅い狂気を込めて飼い主達に次々と襲い掛かったのである。
穿たれていた兎は飼い主の腹にどでかい穴を穿ち、犬のように引きずられていた兎は、その鎖で逆に主人の身体を振り回し――――
何があったのかは判然としない。
だが、確かに言えるのは、白兎達の目に宿った狂気。
あの色を阿伏兎は知っている。
すぐ身近にいる娘が、これと同じ光を放つ。
怒りと、憎しみと、狂気と、殺意と――――同じくらいの狂喜をごちゃ混ぜにした、そんな混沌とした瞳。
「終わったよ、阿伏兎」
呆然とする阿伏兎の耳に、聞き慣れた声が届いた。
フロアの奥の方から、が手を振って歩いて来る。その場違いなほどの明るい声に安堵する反面、不安を感じた。
「アンタ……大丈夫か?」
何があったかは知らない。がどんな生まれであったのかも、どんな現実を受け入れたのかも知らない。
「ん、大丈夫。私は私のままでいいんだって、分かったから」
だからもういいの、そう言って笑って見せる。
なんだかよく分からないが、とりあえずその笑みに嘘が無い事を感じ取り安堵した。
「ほら早く帰ろうよ。お腹すいたよ」
いつもの様に空腹を訴える神威に阿伏兎は呆れ顔を、は微笑を返して――――
三匹の夜兎は、兎達の狂宴の舞台を静かに降りたのだった。
end
(相変わらず蛇足ですが……)ヒロインが白兎に命令できたのは、
笛と同じ周波の音を音として感知できたからです。
これにて「白兎愛好会」完結です!
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
次回作でまたお会いしましょう!