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!CAUTION!
この話には下品・残酷な表現が含まれています。
苦手な方はお戻りください。




















「取り分はそっちの言い値でいいよ。俺たちも色んな星のお偉方とコネクションが持てるのは歓迎だからね」
 商談に応じるには適当な言い分。
 もちろん春雨がこのクラブの後ろ盾となり、出荷船に護衛を付けると言うシナリオは、すべて阿伏兎の創作だ。
 もし本気で春雨と取引をするならば、相手の言い値などと言う甘い条件を許すはずなどないし、そもそもそんな金になるビジネスならば、元締めを皆殺しにして組織ごと乗っ取ってしまえと命が下るだろう。
 だが、夜兎族という矜恃と自信か、それとも春雨という存在をよく理解していなかったのか、男は特に疑問も抱かずそれに応じた。
「取引成立ですな」
 と、にこやかに笑って見せる。
 神威は差し出された握手に笑顔で応じた。
「詳しい決まり事なんかは、後でうちのエージェントを送るよ。そいつと決めて」
 俺の仕事はここまで、と言わんばかりの丸投げな交渉である。
 勿論、エージェント――――独りフロアの壁際で、顔をしかめている阿伏兎にそんな話は伝わっていない。
 


月夜に兎・白兎愛好会04





「血統ですか?」
 取引を無事に終え、しばし歓談を楽しんだ後、おもむろに切り出された言葉に男は目を瞬かせた。
「実はこの子はある星で拾った物でね、親がちゃんとした白兎なのか分からないんだ」
 ある星で拾った――――と言うのも阿伏兎の創作だが、あながち間違いではない。
 とある星で出会ったを、神威が気に入り半ば強引に春雨に引き入れたのだ。
 勿論、が暗殺稼業に就いていたとか、最初神威の命を狙っていたという裏があるわけだが、それは人を騙すには不要な情報である。
 男はふむ、と腕を組んでの顔を眺めると、失礼しますと断って――――当然、この言葉はペットであるではなく、飼い主である神威にかけられた――――の髪をかき上げた。おもむろに触れられてがびくり、と身体を震わせる。
 男はちょうどうなじの辺りに指先を這わせ、再びふむと唸る。
「残念ながら、ナンバリングはないようですな。自由交配で生まれたとなると、探せるかどうか」
「父親は地球人だよ。たぶん出荷されたのは二十年くらい前」
「地球、ですか。地球……地球……」
 口の中で繰り返しながら、男は失礼します、と断って席を外した。
 は不安な面持ちで俯いている。
「見つからないよ、きっと」
 他の者に聞かれないよう、小声で神威が囁いた。
「二十年も前なんだ。手掛かりなんてきっと残ってない」
 忘れなよ――――
 言い聞かせる様に、囁く。
「でも……」
「白兎が何なのか此処に来て分かっただろ? 家畜みたいな扱いしか受けてない。それで出自が分かったって、きっと不愉快な思いをするだけだよ」
 あんまり不愉快だと、俺がアイツを殺しちゃうかもしれないね。
 そんな風に囁く、粗暴な神威の優しさにはわずかに笑みを零した。
 もともと神威はが此処に来るのは反対だったのだ。直に目にした事はないが、白兎愛好会という不愉快な連中が夜兎をオモチャにしているという、不愉快な情報は耳にした事があった。
 夜兎のプライドをズタズタに切り裂いて、変態的な遊びに興じるよな変質者の集まりだ。
 そんな場所にを行かせるのも嫌だったし、そんな気色の悪い連中をの視界にいれるのも嫌だった。
 それでも、に頼み込まれて春雨・第七師団の師団長という肩書きと共に、こんな所まで来てしまった自分は、随分とに甘いのかもしれない。
 白兎に酷似する容姿のが、変質者どもに好色な視線を向けられ、はらわたが煮えくり返りそうなのに、それでも大人しく役割を演じている事を褒めてもらいたい。
 帰ったら、存分にご褒美をもらう事にしよう。
 そんな事を思考の端っこで考えていると、奥の方からクラブのオーナーが戻って来た。
 見つかりましたよ、と神威にとっては最悪の結果を口にする。
「幸運でした。その年の地球への出荷は、その一匹だけだったようです。これがデータと、出荷先の情報です」
 差し出された紙の資料を、神威はぺらぺらと手繰った。
 英数字の並んだ名前代わりのナンバーに、出荷時の年齢、身長、体重、胸囲、足の大きさ、いつ初潮を迎えたか、排卵日がいつかまで詳細に記されたそれに、神威は吐き気を催した。
 出荷先は地球の中央政府である、幕府の高官宛てのようだった。
「父親?」
 漢字の並んだ名前をに見えてやると、はふるふると首を横に振った。
 ああそれは違います、と男が口を挟む。
「面白い注文だったので今でも覚えているのですがね、それは座興用に出荷された兎ですよ」
「座興?」
「地球人と言うのは反吐が出るような嗜好を好むのですなぁ。何人耐えられるのか試してみたいから、丈夫なのをくれと言われましたよ」
「?」
「わかりませんか。地球の言葉で、ええと……“リンカン”と言うんでしたっけ」
 途端、が両手で口元を覆った。
 紅い瞳が極限まで見開かれる。
「おや、地球の言葉が分かるとは賢い白兎ですね」
 男は口元に嗜虐的な笑みを浮かべ、の耳元に唇を寄せた。
 君のお母さんはね、と小さな子供に語りかけるように柔らかな声音を使って、
「地球人に嬲られて、犯されて、君を生んだんだよ。弱くて汚くて卑しい地球人に、何人も、何日も弄ばれて」
 まるで性交の意味も知らない純粋無垢な少女に、母親が嬲られる姿を見せ付けるような下卑た嗜虐的感覚で。
 男は嗤う――――
「もっとも流石の白兎も耐えられなかったのか、座興の途中で死者が出たそうですな。変な所に無理やり何人ものを突っ込まれて、まぁそれが嫌だったんでしょう。アレを噛み千切られて殺されちゃったんですよ、お客さん。それで注文が違うだなんて言って、返品させろと言い出しましてねぇ」
 笑っちゃうでしょう――――
 男の下品な笑顔が神威に向けられる。
「笑っちゃうね」
 だが、応えた神威の顔に笑みはなかった。
「こっちだって傷物返されちゃ困りますよ。で、結局、あちらさんで次の飼い主を見つけてもらったんです。二束三文にしかならなかったとか、怒ってましたけどね」
 勝手な言い分だ。
 夜兎だから何をしても癒えるとでも思っているのか。白兎だから、心は傷つかないと言うつもりなのか。
「その飼い主は?」
「さぁ、さすがにそこまでは……どこぞのサムライとか言う、時代錯誤な職の男ですよ」
 ハッとが息を飲み込んだ。
「名前はええと、確か……」

 ふいに神威の口から、地球人の名が零れた。
 の涙に濡れた睫毛が、ぱしぱしと瞬く。
 男は両手を叩いて、
「ああ、そう。そうです、その名前。二十年近く前の事なのに、よくご存知で」
「勿論。大切な子の名前だから。本人が捨てても、俺は忘れないよ」
 はあ、と男は間抜けな顔を晒していた。
 意味など、分かるはずがあるまい。
 の事をただの白兎と思っている男には、という名も、二十年前という時間も、何の意味も持たない。
 だが、はそれが聞けただけで満足だった。
 涙を拭い、ありがとう、と告げる。
 それさえ聞く事が出来たのなら、もう、この場所は、不要だ。




end


蛇足ですが、ヒロインは十七〜十九歳くらいで考えています。
なので、二十年前の事件で出来た子供ではないです。