月夜に兎・白兎愛好会03
「おや、お早いお帰りで」
何を以ってして早いと断じたのかは知らないが、そんな男の好色な言葉に笑顔を向けて神威はソファの上に腰を下ろした。
鎖で引かれたも、ご主人様に寄り添うようにその隣に座る。
「それでは、そろそろビジネスの話を……」
さっさと切り出してしまいたかったのだろうが、神威が飄々としているためタイミングをはかりかねていたのだろう。ようやくその話題に移る事ができホッとしているような顔だ。
「ご存知の通り、我々のビジネスは最良の白兎をお客様の元にお届けする事。そのために血統は勿論、容姿、教育すべてにおいて、よりハイレベルな兎の飼育に尽力しております」
パチン、と男が指を鳴らすと、後ろに控えた黒服が神威の前に小冊子を差し出した。
どうやらクラブの所持する養兎場のパンフレットというやつらしい。
種兎と母兎の交配を計画的に行う事で、より遺伝子的に優れ、美しい白兎を生み出す生産管理。
子ウサギの頃から徹底的な調教を施し、従順で大人しい性格となるよう、夜兎の本能を抑え付ける教育管理。
その他、衛生管理、環境管理、貞操管理など、様々な面で完璧な兎作りを目指す説明が綴られていた。
「農場の兎は、みんな裸なんだ」
冊子に載った性器を露わにした兎の写真を眺めながら、神威がぽつりと呟くと、男は可笑しそうに笑って見せた。
「誰も家畜に服など着せませんよ」
それは――――そうだろう。
養豚場の豚が服を着ていたら奇妙だろうし、豚の方もそんな事は望んでいまい。
だが、同じ種族の同じ身体構造をした者達が、ある場所では家畜として扱われる事に違和感を感じずにはいられなかった。
「この超音波教育ってなに?」
冊子の一部を指差し、神威が問う。
見出しの隣に並んだ写真には、皆一様に同じ方向を向いて、自我を失ったような顔をした兎が映っていた。
男がよくぞ聞いてくれました、と言わんばかりに、眼鏡のフレームを指先で押し上げる。
「それこそ我が社の一番の売り、このビジネスが成功したタネなのです」
よろしいですか? と神威の注意を促し、男は上着のポケットから小さな笛を取り出した。犬笛にような形状をした銀色のそれを、口に加えふうっと息を吹く。
途端――――ガタンと音をさせて、の身体が崩れ落ちた。
両耳を抑え、目を極限にまで見開いている。
「?」
「ああ失礼しました。純粋な白兎でないと中途半端にしか効きませんので、いささか耳障りな音だったかもしれませんな」
耳障りどころか、神威は何も聞いていない。
だが、は青ざめた顔で身体を縮こまらせている。不安そうに神威の手に触れる指先は、かすかに震えていた。
「それが超音波教育?」
「ええ、ご覧ください」
男は促すように、有象無象が集うフロアの方を顎でしゃくって見せた。
何時の間にか、フロアの喧騒が消えている。
否、消えたのは半分だ。
ペット達の声が聞こえない。白兎達はまるで集団催眠術にでもかかったように、皆呆然と立ち尽くしているのだった。
男はにやりと笑うと、再び笛を口にくわえた。
が肩を震わせて、その音から逃れるよに両耳を強く塞ぐ。
ふっと男が息を吐くと、途端にフロアの喧騒は戻っていた。
神威の耳にはやはり何も聞こえなかったが、白兎達には命令が聞こえたのだろう。
そしての耳にも、何らかの不快な音が届いたのだった。
「種の進化と言うやつなのでしょうね。白兎は口が利けない個体が多く、その代わりに超音波のような一定の周波数の音を出して仲間に意思を伝えるのです」
「言葉みたいに?」
「ある種、言葉より優秀ですよ。直接脳に響かせて、自分の意思を伝播させる。双方のコミュニケーションはありません。むしろプログラミングに近い、一方的な命令です」
なるほど、と神威はの青ざめた顔を見やる。
空っぽな白兎達と違い、個としての自我のあるには、無理やり脳に叩き込まれる命令はとても耳障りな音だっただろう。
だが、そうして繰り返し脳に命令を叩き込む事で、夜兎としての本能を抑えつける事に成功した。自我を持たぬ、空っぽな人形の出来上がりだ。
「可愛い人形には、夜兎の本能など不要ですからね」
男は手の平の銀の笛をころころと弄びながら、口元にいやらしい笑みを浮かべ、嗤った。
end
白兎の造り方について。
ヒロインはハーフですが、純粋な白兎ではないので、
笛の命令は効いてません。