薄暗いフロアの片隅で、享楽に陶酔する兎と飼い主達を眺めながら、そんな事をぼんやりと阿伏兎は感じていた。
だいたい兎にさせている格好に比例するが、猫のように気まぐれな性格を愛する者、犬のような絶対の忠誠を求める者、豚のように家畜である事を強要する者。
この変態的な飼い主の中では、圧倒的に三つ目のケースが多いわけだが、それでも対等に――――と言っても、妾や愛人みたいなものなのだろうが――――扱おうとする飼い主が居て、それが僅かなりとも救いだった。
ウチの団長とお嬢様はどうかねェ――――
もし二人がペットと飼い主という関係なら、おそらくそのどれにも当て嵌まらないように思う。
が鎖や首輪と言った屈辱的な束縛に甘んじるはずはないだろうし、逆に神威は一見自由気ままにさせているようで、精神的にも肉体的にも縛り付けようとするに違いない。
つまり、両者の性格はまったく正反対で、ついでに相手に譲るとか相手を立てようとかそういう気遣いもないので、お互いが折れるまで徹底的に殴り合うのだと思う。
――――今と一緒じゃねェか。
そんな下らない想像を広げながら、阿伏兎は僅かに笑みを零した。
そうでもしていなければ、この腐った空気に頭がヤられて、誰構わず殺してしまいそうだった。
月夜に兎・白兎愛好会02
パタン、と煌びやかに装飾されたドアが閉まった瞬間、の片腕が勢いよく壁に叩きつけられた。
ボコっと破壊的な音をさせて、壁に拳がめり込む。
本当は神威の頭部を目掛けて拳を放ったのだが――――まあ、この程度の攻撃が当たるとは思っていない。
「なにアレ」
剣呑な空気を孕んだまま、が問う。
「アレって?」
「さっきの! こっちが白兎に粉してるのをいい事に、ベタベタ、ベタベタ触って!」
「だって、飼い主ってみんな性的なコンプレックス抱えてそうな、エロジジイばかりだろ? あのオーナーだって、きっとトンデモナイ変態趣味持ってるよ。ゼッタイ」
男の好色な視線を思い出して、はうえっと身震いした。
アンダーグラウンドなクラブなのだから、その辺りはまあ分からなくもないし、そこに潜入するのだからそれなりの演技と言うのは必要なのかもしれないが――――
「でも、足とか腰とかお尻とか触らなくったって……他に方法はないの?」
「じゃ、戻ったら俺の膝の上に座る?」
「ごめんなさい、嘘です。許してください」
なんだ残念、と呟く神威を無視して、は豪奢な部屋の中をぐるりと見渡した。
ゴシック調で統一された絢爛豪華な部屋の中。
なんとなく部屋全体が薄暗く、ピンクっぽい淫靡な照明を基調としているのは、クラブ全体のコンセプトなのだろうか。
豪華なラブホテル。そんな印象を受ける。
備え付けのジャグジーと、キングサイズのベッドが設置してあるのだから、おそらくの形容は間違っていない。
しかも、天蓋を支える四つの支柱には、鎖で繋げた手枷と足枷が備え付けられており、はうわっと顔をしかめた。
部屋を探せばもっと変態的な道具が出てきそうだが、それで神威にその気になられても困るので、あえてそれには触れない事にした。
「それで、俺はいつまであの変態の相手をすればいいんだい?」
あんまり長いと思わず殺しちゃうかも知れないよ、といつもの殺人的な笑みを浮かべたまま神威が問う。
「もう少し。母さんの事が分かるまで」
の紅い瞳が、薄暗闇の中で揺れる。
母がいわゆる商品だったのだと知ったのは、地球を離れた後だった。夜兎の星に戻ってから、白兎という侮蔑的な呼び名を知った。
それが迫害の原因である事を知ったのは、母が死んでからで、だから母はなかなか星に帰りたがらなかったのだと、そのときやっと理解した。
私は白兎じゃない。夜兎の本能も忘れていない。飼われるなんて真っ平だ。
だが、それでもの紅い瞳とともに、白兎の血は付いてくる。好色な目や侮蔑的な視線も、一緒になって付いてくる。
幾らだと本当に聞いてきた男が居た時は、あまりにも可笑しくて笑いながら殺してしまったけれど。
「はだよ」
背後から抱きしめる優しい両腕に、少しだけだが救われた。
「ん、ありがとう……」
微笑んで、首輪の先の鎖を神威に差し出す。
「こんな格好させられるのは、今だけだからね」
そんな冗談混じりの言葉を呟いて。
「だったら俺は、チャナドレスよりバニーのが良かったけどな」
神威の命がけのジョークに、は愛の籠ったパンチで応えたのだった。
end
潜入捜査で潜り込んだ二人。
なんだかんだで演技に付き合ってくれる神威は、
けっこう優しいんじゃないかと思う。