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 夜兎にバニーガールの格好だなんて、命がけのジョークじゃねぇか。
 馬鹿みたいに誇張された白い尻尾をつけた女の尻を眺めながら、次の瞬間、女が殺意を露わにして飼い主を嬲り殺してくれないものかな、と妙な想像をした。
 だが、女は従順を顔に貼り付けたような顔で、どこの星の天人か知らない男に尻を撫で繰り回されても平気な顔をしている。むしろ、それがご主人様からの優しいスキンシップであるかのように、嬉しそうに微笑んでいる。
 虫唾が走った。
 ここにいる兎共は犯されようが、犬のように四つんばいで歩かされようが、その瞳に狂気が宿る事は無い。夜兎の本能をごっそり抜かれて、何か別のものを埋め込まれているのだ。
 まるでペット。否、家畜という言葉の方が相応しいかもしれない。
 愛玩用に品種改良された、異星産の夜兎――――それが“白兎”なのだ。
 とても同族だなんて思いたくねェな。
 薄暗いフロアに広がる淫靡な空気と、耳障りな嬌声を吸い込みながら、阿伏兎はささくれた気持ちで飼い慣らされた兎たちを眺めていた。




月夜に兎・白兎愛好会





 もともとは絶滅危惧種の夜兎を、人工的に繁殖させるためのプロジェクトだったんですがねぇ――――
 その夜兎の男は、始終口元にいやらしい笑みを浮かべたまま、フロアに集う白兎とその飼い主達を遠目に眺めた。
 己の権威を映す様に着飾らされた兎や、バニーガールやら兎耳やら嘲笑的なジョークを交えた格好の兎。エロ御用達のため裸同然の兎に、分かりやすく家畜である事を示すような裸の兎。
 ともかくも、夜兎のプライドを地に失墜させて、それを滅茶苦茶に踏みにじるのが快感だとでも言わんばかりの仮装行列だ。
 宇宙最強の名を冠す夜兎を辱める事は、さぞかし気持ちのいい優越感を与えてくれるのだろう。どうだ、俺は夜兎にこんな屈辱的な格好をさせているんだぞ、と。
 喩えそれが本物の夜兎ではなく、それ用に品種改良された兎でも、彼らの白い透けるような肌が優越感を錯覚させてくれるのだ。
「何分、夜兎には知識が無い。ついでに資金もない。そんな状態では計画が頓挫する事など目に見えていたのですがね。前時代的な戦闘種族のままでは、生き残れんのですよ」
 それで、どこぞの変態天人に目をつけられて、生み出されたのがこの“白兎”達だ。
「実は夜兎を飼いたいと思われるお客様は、ずいぶん前から沢山いらしたのです。だが、如何せん。数が少ない上に凶暴だ。純粋な夜兎の商品というのも居る事には居るらしいのですが、ベッドに連れ込んだ瞬間、首を跳ね飛ばされていたなんて話も聞きますからね」
 冗談めかした男の言葉が可笑しくて、神威はアハハと軽快に笑った。
「ですからね、それ用の兎を養兎する事にしたのですよ。従順で大人しく、決してご主人様に逆らわない可愛い兎をね」
 にやりと笑んで、男の細められた目が神威の隣りに座る娘に向けられる。
「まさか、春雨・第七師団の団長様が同士でしたとは。いやはや、これはまた見事な白兎でございますね」
 透き通るような白い肌に、月明かりを宿したような銀の流れる髪。瞳は血の様に紅く、力を込めれば手折ってしまえそうな華奢な身体を純白のチャイナドレスに包んでいる。
 その首には鈍い色をした鉄の首輪。神威は首輪から伸びる鎖をじゃらりと引き寄せて、の身体を抱き寄せた。
「うん、気に入っているからね。しばらくは手放せないかな」
 そして人目も憚らず、肩を抱き寄せたままちゅ、と娘の頬に口付けを落とした。
 は恥ずかしそうに顔を俯かせたが、神威は気にせずそのまま上機嫌の様子での太ももを撫でている。
 他の飼い主と同じ好色な態度を神威の中に見つけ、男は更に唇の笑みを濃くした。
「実を言いますとね、白兎の顧客の三割は夜兎なのですよ。やはり、我々は欲が深いのでしょうね。しかし、他の種族の女では満足できない。すぐ壊れてしまう。だから、乱暴に扱っても壊れない白兎が売れるのです」
 神威もそのうちの一人だろうと邪推するような言いぶり。
 隣に座っていたは、神威が気を悪くして男を殺してしまわないかとハラハラしたが、当の神威はただニコニコと笑っているだけだった。
「そういう意味では、元のプロジェクトは成功です。わずかなりとも、夜兎の繁殖に手助けできたのですから」
「生まれてくる子供も全部白兎に?」
「いえ、掛け合わせ次第で、如何様にもお客様のお好みに。もともと白というのは、何ものにも染められる色ですからね。貴方の白兎も、どこかの種族と掛け合わせられた物でしょう。髪がとても綺麗だ」
 男の好奇の視線を嫌がるように、は顔を背けた。
 確かに言われて見ればその通り。ここにいる白兎達は、農場から直に出荷された物達なのか、皆一様に白い髪と赤い目をしている。
 のそれは、他の物より暗く銀色とも灰色とも呼べる深い色合いをしていた。
 なるほどね、と神威は頷く。
「じゃ、俺がこの子を孕ませたら、俺と同じ髪のガキが生まれるわけだ」
「左様でございます。目の色は生憎と変えるのが難しいのですが……」
「構わないよ。俺はこの目が好きだからね」
 そうしての身体を抱き寄せようと神威は腕を腰に回したが、はそれを嫌うように手の甲を抓った。
「どうやらご機嫌ナナメみたいだね」
 神威は肩をすくめてみせると、の首輪から伸びた鎖を手に立ち上がった。
「空いてる部屋を使わせてもらうよ」
 そう断って、鎖を引いて個室の方へ向かう。
 娘のご機嫌を直しに向かうのか、それとも躾と言う名の調教へ向かうのか――――いずれにしても、この若き春雨の師団長が、白兎の魅力にずっぽりとハマってしまっているのは確かだ。
 夜兎は欲深い。
 闘争本能にしろ、食欲にしろ、性欲にしろ――――枯渇するようなそれを前にして、白兎の魅惑に逆らえるはずがないのだ。
 春雨というのも、意外とヌルいかもしれないな――――
 そんな事を頭の隅で考えながら、男は嘲笑的な笑みを神威の背中に向けたのだった。




end


長編「月夜に兎」新シリーズです。
ヒロインの目が赤い理由について。