月夜に兎・殺シ之作法03
「私の父親、サムライだったの。だから、純粋な夜兎じゃないんだ、私」
知らなかったでしょ? とは悪戯っぽい笑みを浮かべたが、神威はそれに気付いていた。
姿形は夜兎そのものだが、傘を持ち歩かぬのが何よりの証拠。事実、は陽光に幾らかの耐性を持っているらしく、短時間であれば日の下に出ても平気な顔をしていた。
「ひどいヤツだった。来る日も来る日も、酒に溺れて。よくお母さんを殴ったりして……私、それを見るのが嫌だった」
地球の歴史には詳しくないが、サムライという人種は今や絶滅危惧種のようなものらしい。廃刀令という刀の所持を禁ずる法が下され、サムライは命である刀を失ったと聞いた事がある。
の小さい頃というのだから、その前後の話だろう。それが男を酒に溺れさせた正体に違いなかった。
どうして抗わないのか、幼いは母に尋ねたらしい。女といえど夜兎族なのだ。本気を出せばたかだか地球人の男に、負けるはずなどない。
だが、母は微笑んでいいのよ、と答えた。お父さんは強い人だから、きっといつか気付いてくれる、と――――
だが、男は目を覚ますことなく、その事件は起こった。
その日、男はいつも以上に泥酔していた。いつもの様に母を殴り、ついににまで手を出そうとした。
母は必死に抵抗したが、それが更に怒りを買い、ついに男は刀を抜いた。
サムライの証である、銀の刃を――――
「怖かったの。お母さんが殺されちゃうって。それで夢中で、飛び出して……」
焼けるように背中が熱かった。
どくどくと溢れる鮮血、生まれて初めて見る大量の出血には恐怖や苦痛よりも戸惑いを覚えた。
母を庇って父につけられた傷――――それが背中の傷の所以。
父親を殺そうとした神威にとって、家族の情など希薄で邪魔なものでしかなかったが、それでも聞いて気分の良いものではない。
の背に醜い傷跡を残した――――それだけで、腹の中がむかむかしてくる。
その後の事を、は言葉少なに語った。
子を傷つけられて逆上した母が、理性を保てる理由はなかった。自分ならば耐えられたであろう傷も痛みも、我が子のそれは狂おしいほどの怒りとなる。
たとえ相手が信じ、愛する夫であろうとも――――その凶手は躊躇われる事はなかった。
そして、一つの家族が終焉を迎えた。
「本当は質屋にでも入れて、路銀にしてやるつもりだったんだって。だけど何となく売れなくて、それでいつまでもうちに転がってたの。これを見つけた時、本当は叩き折ってやろうと思ったんだけど……」
何故か折れなかった。
を傷つけ、家庭を壊す原因となった凶器であるのに、何故かその重みはの手にしっくりと馴染んだ。
「戒め、って言うほどカッコいい物じゃないんだけど」
素手だと自制が利かなくなっちゃうでしょ――――?
は笑いながら言う。
脳裏に思い浮かべるのは、あの日、理性を失い夫を屠ってしまった母親の事なのか。
結局、を連れて故郷に帰った母親も、その時のショックで病を得、死んでしまったらしい。
つまり、にとってそれは不幸の塊でしかない。
父も、母も、断ち切ってしまった呪いの刀。
「変だね……。私、サムライなんてだいっ嫌いなのに……なんで、これなんだろう」
笑いながら――――ぼろぼろと涙を零すを、神威は無言で抱きしめた。
家族の縁などやはり希薄だ。ただ血が繋がっているだけで、傷つけるのも、殺すのも、その対象外となる事はやはりない。
だからこそ捕らわれる必要などないのに――――の心には、あの日の一太刀が今も残されている。
「サムライなんてだいっ嫌い……だいっ嫌いだよ」
は神威の胸に縋りついたまま、ぼろぼろと大粒の涙を零した。
end
サムライは嫌い。
でも、刀も捨てられない。