じゃれ合う代わりに殺しあうようなカップルなのだから、こうして暴れる事は日常茶飯事と言えばそうなのだが、今回は互いに苛立っているため加減と言うものが付くかどうか不安な所である。
とは言うものの、阿伏兎もあえて仲裁に入ろうとはしない。
どうせ人の話など聞く耳は持っていないだろうし、あの二人の間に入ればそれ相応の犠牲が必要だ。
せっかく残った片腕をくれてやれるか、と阿伏兎は二人の気の済むまで暴れさせる事にした。
月夜に兎・殺シ之作法02
感覚が研ぎ澄まされていると、そう感じた。
剣に槍に、クナイに、鎖鎌――――一体どこに隠し持っていたのかと言うほどに、武器という武器が一振りで神威へと飛来する。
その全てをかわし、打ち落としたと思いきや、その瞬間、懐に潜り込んだと眼がかち合った。
血を貪欲に求める紅い瞳がすっと細められた瞬間、神威の身体は横なぎに吹き飛ばされていた。
派手な音をさせて、瓦礫の山に埋もれる。
と、間髪入れず上空に飛んだが垂直に刀を突き刺した。
ガキィィン、と鋭い金属音をさせて、の刃は寸での所で神威の傘に弾かれていた。
「いい眼だね」
至近距離で交わる視線と視線。
神威は力押しで貫こうとするの刀を押し返しながら、空いた片方の手でそっとの頬を撫でた。
綺麗な目――――血の色をした真紅の眼。
神威はこの眼が好きだ。この眼が狂気と殺意に彩られ、煌々と輝くのを見るのが好きだ。
だが――――
「だけど……そんな眼をさせる理由が、他のオトコのためだなんてやっぱり気に食わない」
神威は空色の瞳を細めると、刀ごと弾き返すようにの身体を横凪ぎに殴った。
壁際まで弾かれて、盛大に身体を叩きつけられる。
痛みに顔をしかめるが、その暇すら与えず、神威の手刀が間近に迫る。
「オトコじゃないって言ってるのに!」
は僅差でそれを避けると、忌々しげに声を荒げた。
そうだっけ? と神威は笑いながら、壁にめり込んだ手をするりと引き抜いた。
「だけど、サムライってオトコなんじゃないの?」
がしりと、の手首を掴み上げ、壁に押し付けるように力を込める。は拘束から逃れようと逆方向に力を込めたが、力比べで神威に勝てるはずもなく、ぎりぎりと刀を掴む指を引き剥がされていく。
「ねえ、この刀をくれたのはどんなオトコ? 強かった? 俺よりも?」
「ちがっ……」
「好きだった? 格好良かったの? ねえ?」
神威の矢継ぎ早の質問に、はきっと視線を鋭くさせた。
「いい加減に……!」
しろ、と拘束された四肢の変わりに、の尖った犬歯が神威に噛み付こうとした瞬間。の歯は別のものに噛み付いていた。
柔らかな感触。
絡め取られて、自由が利かない。
噛み付こうと開かれた口は神威の肩口を噛み付く事はなく、の攻撃は神威の唇によって防がれていたのだった。
唇から伝って血の味が口内に広がる。
柔らかな口唇を夕重の牙が破り、あふれ出した鮮血が口移しで夕重の口内に注がれた。
鮮明な血の味に、夕重は慄き――――その瞬間、の手の平から、するりと銀の刃が滑り落ちた。
肋骨が二本に、右の小指がぽきりと折れている。胸を刺して唇を噛んでやったにしても、この差はどうにも不公平だとは仏頂面で思っていた。
担ぎこまれた医務室で、は神威の治療を受けている。
と言っても、神威に医療の知識などなく、怪我をした部位にただぐるぐると包帯を巻く程度なのだが、夜兎の怪我などそれで治ってしまうし、医者にさえの身体に触れさせたくないという、厄介な独占欲でそうするのが常だった。
わき腹にくるくると白い包帯を巻きながら、神威はの背を眺めていた。
雪のように白い、滑らかな背中。
だが、その背中に古い刀傷が残っている事を神威は知っている。
夜兎の治癒能力を以ってしても、完全に消す事が出来なかったそれ――――
どこの男につけられたものなのか。永遠にその男の呪縛を受けているようで、ずっと忌々しく感じていた。
だから――――あんなもの、早く捨ててしまえばいいと思う。
を傷つけ、傷跡を残したような男の事など、さっさと忘れてしまえ、と。
「父親のなんだ」
ぽつり、と静寂を破るようにが口を開いた。
「私の父親、サムライだったの。だから、純粋な夜兎じゃないんだ、私」
知らなかったでしょ? とは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
その顔はどこか、泣き笑いのように見えた。
end
今更な設定ですが、実はハーフでした。
次回、刀傷の正体。