月夜に兎・殺シ之作法
微笑みながら殺すのが神威にとっての殺しの作法だと言うなら、武器を用いて対象を始末するのはにとっての流儀だ。
銃器で殴りかかり、刃物を投げつけるのだから戦い方としては出鱈目なのだが、そんな事はにはどうでも良い。
要は殺せばいい。穿つのでも、潰すのでも、切り刻むのでも何でも――――生命活動を停止させる方法は幾らでもあるのだ。そのいずれかに至ればいい。その程度のこだわりしかない。
だが――――
「気に入らないナ」
神威は机の上に頬杖を付きながら、憮然として呟いた。
突如、呟かれた言葉に何のことかと、と阿伏兎が同時に顔を上げる。
「その腰にぶら下がってるヤツ」
と、の腰のベルトに固定された一振りの刀を指差す。
漆黒の鞘に、銀の柄――――以前行った地球でサムライという輩が使っていた武器だ。
何故そんな物をが所持しているのか、それは大いに疑問ではあるのだが、何度聞いてもは適当にはぐらかすだけ。明確な答えは得られていない。
曰く、使い勝手が良いから、という事らしいが、その割にはいつもが持ち歩くのはその漆黒の刀だ。銃でも、剣でも、ナイフでも――――何でも良いはずのがそれだけをそうして肌身離さず持ち歩いているのは、特別な思い入れがあるに違いない。
せめてこれが夜兎の傘ならば、特に違和感など覚えなかったのだろうが――――は傘ではなく刀を持ち歩く。陽光が致命傷である夜兎にとって傘は必需品であると言うのに、それ以上に刀を持つ頻度の方が高い。
その事がまるで命よりも大事な物と暗に言っている様で――――神威は密かに苛立つ。
「素手の方が強いのに、どうして武器を持つんだい?」
憮然とした表情のまま問う神威に、はまたかと肩をすくめた。
「言ったでしょ。私の殺しの流儀なの」
「殺しすぎないため?」
「そう。殺しすぎないため」
腕力や膂力が影響する事もあるが、武器は基本その武器の持つ攻撃力以上は発揮しない。一発の銃弾にはそれ以上にもそれ以下にも威力はない。
侍が撃とうが、幼子が撃とうが、天人が撃とうが、女が撃とうが――――その力は基本的に同じなのだ。
だから、命をそれ以上損なわない――――はそう答える。
もともと暗殺稼業に就いていただけあり、対象以外の者を殺すのは本意ではないのだ。対象となる人物も、特別な注文が無い以上はスマートに殺せばいいと思っている。わざわざ血反吐を吐かせたり、汚らしく四肢を吹き飛ばす必要性などない。
だが、神威はその考えが好かないようだった。
そもそも夜兎が傘以外の武器を持とうとしないのは、攻撃力云々よりも己の手で屠るという行為が闘争本能に直結するからだ。血を浴びる、肉に触れる、筋を絶つ――――その感覚を求めてこその夜兎の本能だ。
だからあえて武器を使うの事を、神威は小賢しいと感じている。
不自然だ。
現に本気で抗う時はは武器など捨てて、素手を使うではないか。手刀で切り裂き、穿ち、生え揃った牙で噛み千切る。
その本能に抗うのはいっそ冒涜だと言っていい。夜兎にとって戦う事こそ正義、それを無理に抑えるのはどこか賢しい印象を受ける。
「団長、放っておけ。個人の自由だろ」
神威のしつこい問いを受けてにも苛立ちが伝播したのを察したのか、阿伏兎が仲裁すべく間に入った。
だが、そんな気遣いなど我関せずとばかりに、気に入らないナ、ともう一度繰り返す。
「そんなに大事な物なの、その刀」
頬杖をついたまま、挑発するような視線。
「べつに」
の紅い瞳がすうっと細められる。
「怪しいなぁ。誰かいいオトコにもらったヤツだったりして」
冗談っぽく笑っているが、神威の声音は一切笑っていない。
なにそれ、とは神威の冗談を一蹴するように、肩をすくめてみせた。馬鹿馬鹿しい、と呟いて団長室から退室しようと背を向けたが、
「第七師団は今後一切、傘以外の武器の使用は禁止する、っていうのはどう?」
背中に向って投げかけられた言葉に、は信じられないという顔で振り返った。
職権乱用にも程がある。
「何がそんなに気に食わないわけ?」
が怒りを露わにして詰め寄った。
だが、が怒るほどに、神威は楽しくて仕方が無いという風に、愉悦を口元に浮かべて見せる。
「べつに? 大切な物でないなら構わないだろ?」
そんなオモチャなんて捨てちゃえばイイ――――
嘲るように耳元で囁かれ、の怒りは絶頂に至った。
瞬間、はひらりと刀を抜くと、神威が頬杖をついていたデスクを真っ二つに叩き割ったのだった。
止めようとする阿伏兎の腕を振りほどき、は刀の切っ先を神威に向ける。
神威はケラケラと笑いながら、
「こうしようか。がそれで俺に勝てたら、さっきの命令は撤回してあげるよ」
そんなふざけた条件が合図となるように、は神威に向けて一閃を放ったのだった。
end
長編「月夜に兎」の番外編です。
ヒロインが武器を持つ理由について。