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月夜に兎09





 はベッドに横たわったまま、ぼんやりと白い天井を眺めていた。眩しいのは陽光の光ではなく、蛍光灯の灯りのせいである。
 胸にはいくつもの銃弾を受け、ついでに直りかけていた傷も開いてしまった。結局、再び医務室に舞い戻って来てしまった事を恨めしく思いながらも、ここに連れて来られたばかりの頃の様な暗い感情はなくなっていた。
 あの後――――首魁を失って、呆気ないほど簡単に襲撃隊は瓦解した。
 逃げようとする手下を捕まえて、はにっこりと凄んで見せると、
「帰ってあのエロジジイに伝えなさい。今日限りで暗殺稼業は辞めさせていただきますって」
 微笑みながらびしり、と中指を空に向って突き立てたのだった。
 これで組織を完全に敵に回した事になるが、に不安はなかった。もともと気に食わない職場ではあったし、むしろ清々しい気持ちが心を満たしている。
 あと心残りがあるとするならば――――
「というわけで、戦艦二台分は働いてもらいましょうかねェ」
 ベッドサイドの椅子に座った阿伏兎が淡々と告げた。
「えぇっ、なんで私が」
「あったりまえだろーが、このスットコドッコイ。あんたのおかげで、うちの戦艦は穴だらけになるわ、大事な商談ふいにされるわでこっちは大損こいてんだぞ」
 それでも安いくらいだ、と阿伏兎はぶつぶつとぼやく。
 確かに――――事の原因となったのはかもしれない。
 だが、に言わせれば自分も被害者である。好きでこんな所に拘留されたのではないし、裏切りを受けたのはこちらだって予想外だ。
 そもそも、商談をふいにしたのも、暴れて戦艦に穴をあけたのも、ついでにいうならせっかくの応接間を血塗れに汚したのも、すべて神威だ。
 はその間、銃弾を胸に何発も食らって苦しんでいたのである。
「文句はあなたの所のバカ団長にして」
 ぷいっと顔を背けると、阿伏兎はニタニタと笑みを浮かべた。
「その団長様の命令だ。絶対に逃がすな、だとさ」
 愛されてるねェとからかわれ、は顔を赤くして黙り込む。
 てっきり興味などとうに失せたかと思いきや、あの時自分の身を呈して庇ってくれたのはその神威だ。
 なぜ、助けたのだろう――――理解できない。
 弱い者に興味などないような素振りをするくせ。
 に拘泥する様はまるで――――恋のようだ。
 独り想像を膨らませて、は自分の妄想を振り払うように首を振った。
 と、突如、ポンッとのベッドの上に、黄色の切り花が落ちて来る。
 怪訝に思って顔をあげると、ちょうど阿伏兎が立ち上がった所だった。
「バカ団長様からの見舞いだ。らしくねーじゃねェか。あの団長が花なんてよ」
 無理やりそこらで摘んで来たような、むき出しの切り花。怪我人に何を贈ったら良いのかなんて、きっと知らない、そんな不器用な男だから――――
「気が向いたら、顔くらい見せてやれよ。あれでも気にしてるらしいんだぜ」
「なんで……?」
「さァな。自分で聞けよ」
 じゃあな、と後ろ手に手を上げて、阿伏兎は扉の向こうに消えた。
 は黄色い花弁にそっと触れながら、静かに目を閉じて神威の事を想った。





 数日ぶりに感じる外の風は心地よかった。柔らかな風を頬に感じながら、はその背中を見ていた。
 見渡す限りのフクジュソウの群生地――――まるで黄色い絨毯の上に立っているよな錯覚を覚える。
「傷はもういいのかい?」
 黒いチャイナ服を纏ったその背中が、振り返らないまま問う。片手には黄色い花。の病室に飾られた、あの花と同じ花だ。
「おかげさまで。もっとも、あなたに折られた肋骨はまだ治らないけど」
「それと処女ま、」
「うるさい!」
 皆まで言わすかとばかりに、は顔を真っ赤にして腕を振り上げた。
 が、それが神威の頭に叩きつけられるよりも早く、神威がくるりと振り返りその手がの手首を掴み上げる。
 お互いにぎりぎりと力を込めながら、方や殺しの作法である微笑みを、方や今にも火を吹きそうな真っ赤な顔で、二人はしばし見つめ合った。
 そして、ふいに神威が力を込めたかと思うと、の身体は容易く神威の胸の中へと引き寄せられた。抵抗さえ出来ないような強い力で抱きしめられ、は途方もない切なさを覚える。
「俺の側にいなよ」
 耳元で、掠れる様な低い声で。
「君は俺のものだよ」
 プロポーズと呼ぶにはひどく傲慢な言葉で。
 挙動不審なほどに泳ぐの視線を捉える様に、神威はそっとの頬を包み込んだ。
 ゆっくりと、降りて来る唇に、心も瞳も囚われて――――
「だ、だめっ! まだだめ!」
 寸での所で、は神威の顔を押し退けた。
「男性とお付き合いする時は、交換日記から始めなさいって私のマミーが言ってたし、付き合う男は安定した職業と収入が保証されてる公務員以外のオトコを選びなさいって、隣りのお姉さんが言ってたような気も……だから、あのっ、その――――
 ごにょごにょとしりつぼみになるを眺めながら、神威はクスリと笑みを零した。
 いいよ、とこれ以上ないくらいの優しい笑みを浮かべて。
「それじゃあ、海賊王になるまで、予約ってことで」
 ちゅ、との頬に口づけて、神威はにこりと笑う。
「〜〜〜〜〜!!」
 言葉にならない恥ずかしさに目を回しそうになりながら、は手を上げたが――――そんな照れ隠しの見え透いた攻撃は当たらないと、案の定神威の手によって阻まれるのだった。




end


素直になれないヒロインと、余裕の神威兄さん。
これにて二人の出会いの物語は終劇です。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!