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月夜に兎07





「処女膜やぶられたくらいで、メソメソしなさんな」
「うるさい!」
 不躾に放たれた言葉に、は枕元に在った置時計を渾身の力で投げつけた。
 阿伏兎はそれを軽々とかわし、布団の中で丸まっているの背中に語りかける。
「この程度で不貞寝するなんざ、やっぱりあんたも女ってことかねェ。ま、俺にゃ一生わかんねェ痛みなわけだが」
「うるさい! 出てって!!」
 は癇癪を起こすように声を荒げると、近くにあった物を手当たり次第に投げつけた。それをひょいひょいと器用にかわしながら、阿伏兎はベッドの脇に立つ。
 幾晩も泣いたのか、は目の端を赤くしていた。冷酷に振舞っていたが、まるで子供のように目を赤くしている姿に、なんとなく居心地の悪いものを感じる。
「あのバ――――じゃなかった、団長はあれから?」
「知らない」
 どうやら例の一件から、神威はの元を訪ねていないようだ。
 興が削がれて興味を失ったか、それとも何か思う所があるのか――――どちらにしろ、あの飄々とした顔からは心中をうかがい知る事は出来ない。
 女の機嫌なんざ、さっさと直すに限るんだがなァ――――
 そんな事を胸中で呟きつつ、阿伏兎は静かにため息をついて見せる。
「なに? まだ何か用?」
 ベッドの側から動こうとしない阿伏兎を見上げて、さっさと出て行けと言わんばかりにが問うた。
 神威のついでだろうが、ずいぶんと嫌われたものである。
 阿伏兎は起きろと言う様にくいっと顎をしゃくって見せると、
「あんたに客だぜ」
「客……?」
 が怪訝そうな顔で上半身を起き上がらせる。
 捕虜の身の自分に客など来るかと悪態をつきかけて、それを遮るように阿伏兎が声を重ねた。
「あんたの雇い主の遣いだとさ」





 が応接間に足を踏み入れた時には、すでに遣いの男と神威が向かい合うように座っていた。
 遣いの男は辰羅族の天人だったが、とは面識のない男だった。壁際には男の護衛なのか、同じ種族の天人達が直立不動で場を見守っている。
 一方、神威の方は相変わらずの飄々とした笑みを浮かべ、リラックスしきった体勢で対峙していた。
「うーん、戦艦二台じゃ安すぎるかな」
 笑顔を浮かべたまま、小首を傾げて見せる。
「ほう……悪い取引ではないと思いますがね」
「暗殺の件を水に流した上に、の身柄を渡せって言うんでしょ? やっぱりそれで戦艦二台じゃ安すぎるよ」
 どうやら話はだいぶビジネスライクに進められているらしい。
 の雇い主――――つまり、神威の暗殺を依頼した人物より、の解放の打診があったと言う事だ。
 ここに連れて来られたのは、に直接用があるというより、人質の無事な姿を確認させるためらしい。
「困りましたね。うちのボスはあれを大層気に入っていましてね、連れて帰らなければ私が大目玉です」
「じゃあ、交渉決裂かな?」
 神威の纏った殺気立った空気が、一瞬濃厚になったように感ぜられた。
 遣いの男は慌てて首を振ると、参りましたなぁと汗を拭った。
「では……転生郷の密輸ルートを斡旋いたしましょう」
 転生郷とは強い幻覚作用と中毒性を持つ麻薬であり、春雨もその密売を資金元の大元としていた。
 これを手に入れることは第七師団にとっても、大きな手柄である。
 神威はへぇと顎に手をあて考えるような素振りをすると、
「じゃ、交渉成立」
 パチンと指を鳴らして、男の勧めに乗ったのだった。




end


阿伏兎も基本、デリカシーというものは持ち合わせてないと思う。
次回、取引。