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月夜に兎02





 喧騒を彩るように鳴り響く銃声に剣撃、爆発音――――
 騒動を聞きつけて外で待機していた第七師団の団員、そして戌威族の配下がなだれ込み、店内は瞬く間に戦場と化した。
 多勢に無勢にも関わらず、独り戦うの表情には余裕が表れていた。
 は死の演舞で次々に男達を魅惑する。
 右手に刀、左手に銃を構えたと思いきや、すらりと伸びた足で有象無象を蹴り飛ばし、立ち向かう敵に刀ごと投げつけ串刺しにする。そして次の瞬間には、敵の機関銃を奪って高らかな銃声を鳴らしながら、宙を回転し、着地と共に爆弾で一掃するのだ。
 彼女の戦い方に型はない。
 おおよそ武器と言う武器を手にし、もっとも有効な場所に叩き込む。
 まるで、どこをどう突けば相手を死に至らしめるのか知っているように、どこを撃てば相手の動きを封じ、絶命させられるのか熟知しているように。
 たった一人の娘に次々に団員を倒されていく現状に、傍らで傍観していた阿伏兎はおいおいと呆れたように呟いた。いくら夜兎族とは言え、この一方的な戦闘はなんだ。
 狭い店内が戦場であるため相手に有利だとしても、まるで紙を吹き飛ばすように消えて行く部下の不甲斐なさに呆れてしまう。
 そろそろ団長様にご出馬いただくか――――
 そう思い視線を向けると、阿伏兎の合図よりも早く、神威がの前へと躍り出ていた。
「そろそろ俺の相手もしてよ」
 にこやかに告げると共に、強靭な一撃。はそれを両手に携えた刃で防いだが、神威の化け物めいた強力に押され、勢いを殺しきれずそのまま壁に叩きつけられた。
 身体を壁にめり込ませ、瓦礫を押しのけて立ち上がろうとした所を、上空からの追撃を受ける。
 頬を掠めて、神威の豪腕が床板を穿った。
 マウントポジションを保ったまま、神威は高速の雨のように拳を打った。
 それを器用にかわし、は両手を頭の後ろに回すと、無数の瓦礫のつぶてを神威に放った。そして、それを防いだ一瞬の隙を突き、手元に転がった短刀を手にすると、その腕に深々と切っ先を埋め込んだのだった。
 ぽたり、と神威の腕から零れ落ちた鮮血が、の頬を濡らす。
 神威は防いだ腕をゆっくりと降ろし、を見下ろして――――にぃっと唇に凶悪な笑みを浮かべた。
 次の瞬間、の頭部は地面にめり込むほどの強さで叩きつけられていた。
「がっ……ぐ!」
 神威の手をどけようとはもがくが、まるでその手の平から重力が放たれるように、めりめりとの身体は押し潰される。
 は神威の手に両の爪を立てもがくと、犬歯の覗く口を大きく開き――――親指の付け根に思い切り噛み付いた。
 骨を砕かんほどの勢いに神威が目を細めた瞬間、押さえつけていたの片足が束縛から逃れ、神威の即頭部を思い切り蹴飛ばした。
 鈍い音と共に、弾き飛ばされる神威の身体。
 はぜいぜいと息を切らしながら瓦礫の山から立ち上がると、爛々と輝く紅い瞳で、同じく立ち上がった神威の姿を睥睨した。
「へぇ、いい目をするじゃないか」
 武器を使っていた時にはなかった殺気に満ちた目。神威の死を渇望するような、血に飢えた獣の目だ。
「武器なんて使わない方がいいんじゃないの?」
 は乱れた髪を掻き揚げ、血まみれの唇を拭ってにやりと笑う。
「武器を使うのは殺し過ぎないため。それが私の流儀なの」
 くだらないな、と神威がぼそりと呟いた。
 はそんな言葉を完全に無視して、両手に幾つもの刃を抱え、神威へと突進した。
 迎撃するように神威も地を蹴る。
 はまるでダーツでも飛ばすように次々に刃を放った。それを軽やかにかわし、神威はの懐に潜り込む。
 力を込めた裏拳がの顔を強打した。だが、それと同時に両手にした槍、刀、剣……あらゆる刃が一斉に突き出される。
 まるで一切防御と言うものを忘れたように、二人は拳と刃の応酬を繰り返した。血の花が花弁を散らし、どちらのものとも言えぬ鮮血が地面を濡らす。
「なんだありゃあ……」
 傍らで二人の戦闘を眺めていた阿伏兎は、じっとりと嫌な汗を感じながら呟いた。
 神威の化け物じみた強さは知っている。無論、この戦いも彼にとっては遊び程度でしかない事も。
 だが、娘の方も化け物だ。素手を主とする夜兎には珍しい武器使いだが、その使い方はまったくのでたらめだ。相手を殺す、傷つける、潰す――――正しい武器の使い方など一切無視し、それだけを求めるように、貪欲に放たれる刃にあの神威がわずかとは言え血を流している。
 卓越した戦闘センス。それもだいぶ我流だ。
 どうりで神威が嬉しそうにしているはずだ。おそらく娘が席に付いた時から、隠しきれない殺気を感じ取っていたのだろう。
 自分と同じ夜兎の血。血を渇望する狂気の目。
 だから、あんな風に愛想良く笑って見せたのだ。
 惜しいな、と阿伏兎は独り胸中で呟く。もしあの娘が団員なら、きっと素晴らしい働きをしたに違いない。早々にやられてしまった不甲斐ない団員などよりも、よっぽど役に立ったはずだ。
 だが、今更惜しんでも後の祭り。あれほど神威が嬉しそうにしているのだから――――きっと、殺されるだろう。
 どんなに凄腕だとしても所詮は小娘。あの神威に、勝てるはずなどないのだ。
 その瞬間、の放った刃が神威の胸に突き刺さった。だが、どれほど力を込めても、刃が一定の深さから沈まない。
 神威はにっと口角を上げると、両手で突き刺さった刃を握り締め――――そして、氷細工を割るように粉砕したのだった。
 の驚愕の表情。
 それが、一瞬にして地に沈む。再び地面に叩きつけられ、その上に神威が馬乗りになった。
「楽しかったよ」
 神威は彼の殺しの作法である極上の笑みを浮かべると、トドメとばかりに手刀を宙に構えた。
 は神威の拘束から逃れようともがいたが、今度こそ逃げる隙はなかった。
 真っ赤な鮮血のような紅い瞳に、燃えるような殺意を込めては神威を見上げる。
 それににっこりと微笑を返すと――――神威は素早く手刀を放った。




end


ヒロインVS神威のガチバトル。
絶体絶命に追い込まれたヒロインの命運は――――