正当な報酬だと思った事はない。
この金は死する誰かの命の代償などではなく、その誰かを殺す自分への報酬であるべきだと思う。
同じ事だとエージェントは言うが、だとしたらターゲットによって金額が変わるのは奇妙だ。
リスクの多少や手順は違えども、殺すという行為は皆一様で違いなど持たない。
剣で切り刻むのでも、銃弾で心臓を穿つのでも、それに伴う結果は同じだ。
そこで誰かの命が潰える――――失敗すれば、自分の命が潰える。
結局は魂一つ分が失われるという結果しかもたらさない。
だから、この金は死んだ誰かの命などではなく、生き残った自分の命へ与えられるべき報酬だと思うのだ。
月夜に兎・番外
そういえばさァ――――
「報酬はいくらだったの?」
ふいに問われて、何の事かとは訝りつつ顔を上げた。
医務室のベッドの上。傷口は塞がったが、神威に折られた肋骨はまだずきずきと痛んでいる。
傍らの椅子の背に、顎を乗せるようにして座っている青年が、いつもの微笑を向けてくる。本心からの笑みではないくせに、いつの間にかそれが顔に張り付いてしまった、そんな表情だ。
この位置なら、手刀でも届くかな。銃器があれば動く必要もないか――――と、神威を殺すシミュレートをふと脳裏で広げてしまったのは、暗殺者の性だろう。
雇い主に裏切られた今、が彼を殺す理由はない。
が、意味などの前に、殺せるか殺せないか、その瞬間、状況を常にその二つで測ってしまうのは、もはや習慣である。
「俺を殺せた場合の」
自分の暗殺料の事を言っているのだと理解し、は片手の指で数を示して見せた。
ふーん、と神威は不服そうな声を漏らす。
「意外と少ないんだネ。傷つくな」
自分の首にはもっと価値がある、そう言いたいのだろう。確かにこの値段が神威の首だとするならば破格だ。春雨第七師団の団長を、この値段で殺せるのなら是非やってくれと言い出す輩はごまんと居るだろう。
だが、は首を横に振り、否定した。
「違う。これは私の値段。私が生きて帰って来た時に、得るお金」
神威が不思議そうに目をしばたたかせた。
「私は私の値段はこのくらいが妥当だと思う。だからこの値段を要求した」
それに――――
「あなたの命の価値なんて知らない。そんなものは、他人が付けるものでもないでしょう?」
納得したのかどうかは分からないが、ふーん、と再び神威は声を上げた。
そして、何か考えるように床を蹴ってくるくると椅子を回すと、ふいにパチンと指を鳴らした。
「じゃあ、俺がその金を君に払うってのはどう?」
は瞳を瞬かせてから、徐に眉間に皺を寄せた。
「どういうつもり?」
確かには神威に負けた。が、今までたつきを立てて来た暗殺稼業を、馬鹿にされる謂れはない。神威から金を受け取る理由などないのだ。
だが、神威はにこにこと笑いながら、
「君の命を買うって言ってるんだよ」
「は……?」
神威は椅子から降りるとベッド際に近寄り、不愉快そうにしかめたの顔を覗き込んだ。
そして、
「これで君は俺のオンナだ」
ちゅ、と掠めるような口付けが、の頬に降りて来た。
の表情は不可解から驚愕へ変わり、動揺、そして困惑へと移って行く。
くるくると変わるその顔を、神威は可笑しそうに眺めた。
「わ、割に合わない……! だって、その値段は、あなたを殺す期間だけの値段で……!」
「まあまあ。命が助かった上にお金もらえるんだから良かったじゃない。それに、ここにいれば、団員としての給金も出すよ?」
「はぁっ……!? 私、まだ春雨に入るなんて一言も言ってない!」
当然、とてこのまま素直に帰してもらえるとは思っていないが、こうも勝手に話を進められるのも癪だった。
「だ、だいたい、オンナにするとか何とか、勝手に……」
未だ神威の真意が読めず、当惑するばかりである。この短期間、しかも自分を殺しに来た暗殺者を、愛人にしようだなんて馬鹿げている。
だが、神威は冗談のような笑みを浮かべながら、残念だったね、と笑った。
「オンナは無理やりモノにする。それが海賊の決まりなんだ」
end
「月夜に兎09」後の小噺。
自分の暗殺料で買ったのは、自分の命ではなく彼女の命。