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 爛々と殺意を宿した、血の色をした紅い瞳が好きだ。
 死の星と呼ばれる月のような銀の髪が好きだ。
 容赦なくこちらの命を狙ってくる卓越した殺人技法、躊躇いの無い冷徹さ、貪欲な闘争本能――――その全てが愛おしい。
 殺意が深ければ深いほど、相手のことで頭が一杯になり、恋のように身を焦がす。
 屠りたい、穿ちたい、叩きのめしたい。それはきっと、愛という感情に似ているのだろう。
 だから俺は君が好きだ。
 きっと、この世で一番、殺したいほど愛している――――




 

月夜に兎





 それは平凡な出会いだった。
 おおよそ殺し屋とそのターゲットの出会いとしては、逆に全くと言っていいほど劇的では無い――――普通の出会いだった。
 商談のためとある星に逗留していた神威と阿伏兎の前に、その女が姿を現したのは、二人が商談相手より接待を受けていたとある高級クラブでの事だった。
 否――――女と呼ぶには歳若い、まだ少女の域を達しきらない娘である。
 銀の髪と紅い瞳、そして透けるような白い肌。スリットの入った濃紺のチャイナドレスに身を包み、彼らのソファへと寄って来たのである。
 その姿を目にした阿伏兎は、ひゅうっと口笛を吹いた。
 夜兎の女がこんな場末の星にいるとは珍しい。しかも、見たら三日は忘れないような上玉である。
 だが、そんな阿伏兎に反して神威は一切無反応だった。
 酒を煽り女を侍らす高級クラブだというのに、御櫃に一杯になった米を先ほどからがぶがぶと飲み込むように喰らっている。
 そうでもしていないと、詰まらなくて仕方が無いのだ。そもそも商談などに興味はなく、無理やり阿伏兎に同行させられてこのような接待を受けている。馬鹿馬鹿しいと思うのだが、まあ飯が美味いのに免じて大人しくしていよう――――そんな所だった。
「あ〜、そこの女! 店のオンナか? 座れ! ここに座れ!」
 商談相手である戌威族の天人が、自分の隣の席を叩いた。幾分酒が回っているのか、妙に上機嫌である。
 失礼します、と娘は会釈すると、男と神威の間に座った。
「ん〜、見ない顔だな? 新入りか! うんうん、めんこい顔をしとるのぉ〜」
 さっそく娘が気に入ったのか、男の手が娘の細い肩に回された。娘が恥ずかしそうにしていると、そんな初心な態度が気に入ったのか、よいではないか、よいではないかとどこぞの悪代官のように娘の腿や腰を無遠慮に撫でさすった。
「あ、あの……お触りは、困ります……」
「あァん? わしを誰だと思っているのだ!」
 わしはあの春雨の極東支部局長だぞ――――と幾分、身分に下駄をはかせて男が腹を反らして威張り散らす。
 素人相手に何やってんだ、と阿伏兎は密かに鼻で笑ったが、娘は男の言葉を真に受けたのか、えぇっ!? と驚いて見せた。
「すご〜い、あの春雨の局長さんなんですね! もしかして、こちらの方も……?」
 ちらりと娘の紅い瞳が神威を見た。
「おおっ! そちらの方は最強と謳われし第七師団の団長を務められる神威殿だ!」
 っち、なぁにベラベラ喋ってるんだか――――
 阿伏兎は男の勝手な紹介が、神威の機嫌を損ねないものかとハラハラした。
 だが、神威は思いのほか愛想よく、娘に向ってにこりと微笑みかけた。
 おや、と阿伏兎は片眉を上げる。意外にも神威も娘が気に入ったのだろうか。強い子供を生みそうな女は好きだし、そういう意味では同じ夜兎族の娘を気に入ったのかもしれない。
 そんな阿伏兎の想像を他所に、娘はすごーいと手を合わせて感動している。
「こんな若いのに団長さんだなんて素敵です!」
「そうであろう、そうであろう」
「じゃあ、きっとすっごく強いんですね!」
「無論だ!」
「わぁ、楽しみ。殺し甲斐がありそう!」
 ぽんっと娘が嬉しそうに手を合わせた瞬間、娘の肩に手を回した男が怪訝そうな顔をした。
 いま、何と言ったか――――
 不思議そうな顔をしている男に、娘はにこにこと笑顔を向け、きゅっと肩に回された男の手の甲をつねった。
 そして、
「いい加減、手をどけなさい。この薄汚い犬ヤロウ――――
 その可憐な唇から到底飛び出したとは思えない罵詈雑言を放ち、次の瞬間、娘は男の身体を軽々と持ち上げ、ブランデーやらスコッチやらの瓶が並んだテーブルに容赦なく叩き付けたのだった。
 砕けたテーブルの木片と、男の吹き上げた血が盛大に飛び散る。
 ホステス達の悲鳴が響き、一瞬にして店内は混乱に陥いった。
 娘は一仕事終えたようにパンパンッと手を叩き合わせると、
「まったく……。いくら任務とは言え、馬鹿っぽい話し方って性に合わない」
 と、独りぼやいている。
 そして、卒倒した男の腰から銃をすらりと抜くと、その銃口を神威に向けたのだった。
 神威は変事にも動じずもくもくと米をかっ食らっていたが、ようやく食べ終えたのか空になった御櫃を放り上げると、にこにこと微笑みながら立ち上がる。
 それはそれは嬉しそうな顔をして、
「接待なんてつまんないと思ってたけど、こういう趣向なら悪くないね」




end


長編「月夜に兎」第一話。
ヒロインと神威の出会い編です。