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ケータイ少女




 別に電話もないしメールも来ないし、手元にあってもニュースサイトを覗くくらいだし。
 ワンセグとか付いてるけど、実は一度も使ってないし。
 小さい画面が嫌いだから、ゲームはもっぱら据え置き機。だいたいクリックだけのゲームを、ゲームと呼ぶのかも疑わしい。
 人付き合いも悪いから、三日メールを放置しても気にしない。
 非通知の電話は基本出ない。スパムはごっそり迷惑フォルダへ。
 スマフォが流行ってるけど、買ってもあんまり使わない気がする。電子書籍? ミュージックプレイヤー? だいたいiPodあれば、それで事足りるでしょ。
 だから、ほとんど用途を為さないそれは、もっぱら彼を起こす目覚まし時計となっている。寝起きの悪い神威は一度や二度のアラームでは起きないので、それは毎朝、五回以上盛大なベルを鳴らしたてる事になるのだ。
「ねえ、いい加減おきてってば! ねえ!」
「う〜……ん、もう少し……」
「ちょっと! それさっきも言ったでしょ? ねえ、遅刻しちゃうよ!?」
 そんなやり取りは毎日の事だが、優秀なそれは毎日必ずバイトの時間までに彼を起こしてくれるのだ。
「ねー、寝癖ついてるよ? ご飯は? 次の急行、あと二十分だよ?」
 時計を持ち歩かない神威にとって、それは彼のスケジュールを把握する大切な存在だ。
 ずぼらな彼の髪を整え、朝食を食べさせ、ちゃんとぎりぎりの電車に間に合うようにアラートを発する。
 一緒に電車に駆け込む頃には、文句を言いたそうな顔をいつもするが、不平をもらす事はない。諦めているのか、時間通りに起こせない事に責任を感じているのか。
「ねえ昨日、阿伏兎から電話あったの覚えてる?」
「そうだっけ?」
 神威が小首を傾げると、それは呆れたような顔をしてため息をついた。
「七時十分と十五分の二回」
 正確な時刻で着信を伝え、彼の残したメッセージを神威に伝えた。
 だが、神威は興味なさそうにふーん、と呟くと、
「忘れていいよ、それ」
 と、あっさりと阿伏兎の用件を記憶の中から削除した。
 神威はいつもこれである。電話に出ないばかりか、留守電もロクに聞かないし、メールの返信は絶望的。一体、誰からの電話を待っているのだと聞きたくなるほど、正しい使い方をしない。
「かけ直せば?」
 と、親切に勧めても、神威はにこっと微笑んで、
「だって阿伏兎の番号知らないし」
 こんな調子なのだ。
「ねぇ、なんか勿体なくない? 使わないならもっと安いプランにすればいいのに」
 それにさ、と呟いてタッチパネルをいじる人々を、眩しいものでも見るように見やる。
「ああいうの、あったら便利じゃない? 道に迷っても地図あるし、カメラだって綺麗だし」
 そう続ける表情はどこか複雑そうで、遠い目をしていた。
「アプリで何でも出来ちゃうし。役に立つよ?」
 買い換えたら? とそれは聞いたが、一考する暇もなく神威は首を横に振った。
「要らないよ」
 と、興味なさげに自分のケータイをいじる。長年使い続けたので、装甲が剥がれ始めているそれ。ストラップさえ無いシンプルなフォルムに神威の性格が現れている。
 地味で余計な物が一切ない――――だからこそ、長年持ち歩いている、彼にとっては大切なそれ。
「でも、」
「俺は電話なんて別にいらない。でも、これがあればといつでも話せるから。だから毎日、持ち歩いてるんだよ」
 言いかけたの言葉を遮って、神威はにこっと微笑んだ。
 そんな風に言われると、も反論できなくなってしまう。
「それに俺じゃらじゃら持ち歩くの好きじゃないし。ケータイと財布、そのくらいが丁度いいよ」
 そう笑って、神威はそっとに顔を寄せると、内緒話をするように囁いた。
「ねえ。そんな事よりさ、俺と楽しくおしゃべりしようよ」




end


リモコンもケータイも比喩ですが、
カ●ラみたいな存在だったらそれはそれで可愛いかも。
「この人、泣いてる顔もけっこう可愛いんだよ?」とか。
神威が泣く事なんて在るのかどうか分からないけど(笑)