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 等価交換だよ――――と、ワケの分からない理屈と共に押し付けられたチョコレートの欠片。
 値段にして十円っぽっちのそれを、阿伏兎は奥歯で噛み砕き、涙と共に飲み込んだのだった。



不等価交換





 バレンタインデーだクリスマスだと、市場に踊らされたチャラついたイベントに興味はない。年中銀河中の荒くれども相手にドンパチやって、今更甘ったるいムードもロマンもなかろうと思う。
 が――――しかしですよ。浮ついたイベントに踊らされるつもりは更々ないが、少しだけ頬を染めてはにかみながら、はいと綺麗に包装されたそれを渡されたなら、拒む理由も特にない。
 一瞬、意図を理解できなくて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、おうと平静を装って素っ気無い素振りでそれを受け取った。
「ありがとよ。来月にゃ三倍返しで返してやるよ」
 と、そんな余裕綽々の社交辞令を述べて、実はドキドキと胸の鼓動が高鳴るのを止められずにいた。
 自室に戻って、机の上にそれを安置する。
 ふうっと吐息を付いて、落ち着け阿伏兎、と己に言い聞かせる。
 は神威の恋人だ。色々とタガが外れたりまれにバイオレンスだったりするが、最近はすっかり彼女の顔が板についている。
 あの二人が幸せそうにしてくれているのは阿伏兎にとっても喜ばしい事で、むしろ不幸せな状態だとそれ以上の不幸が阿伏兎を襲うのだから、仲が良い事は良い事である。
 つまり、この箱は仲の良い同僚に日ごろの感謝を込めた、お中元みたいな意味しか持たないのだ。
 ――――が。
「くそっ。可愛いじゃねェか、ちくしょう」
 へらりと口元が緩んでしまうのを、見られなくって良かったと安堵した。
 たかだか小娘の寄越したチョコレートなんかを、嬉しく感じているところなど誰に見せられるだろう。にも、もちろんあの歩く殺人兵器のような団長にも、見せられるはずがない。
 団長に見つかる前にさっさと胃袋にしまってしまおう、と阿伏兎は綺麗に結ばれたリボンを紐解いた。
 箱を開くと、手作りですと言わんばかりの、やや形の崩れた小ぶりのチョコが並んでいる。それに添えられた“いつもありがとう”と書かれたメッセージカードに再び顔が緩みそうになり、阿伏兎は慌ててチョコレートを頬張った。
「甘ェ……」
 と、当たり前の感想をもらし、もう一つ手に取ろうとした瞬間。
 一切の気配を押し殺したそれが、さっと腕を伸ばし、阿伏兎の目の前から箱を掻っ攫ったのだった。
 そして、大きく開いた口の上に傾けると、
「あ……あ、あ、ああああぁぁあ!?」
 驚愕する阿伏兎の前で、それを一口に飲み込んだのである。
「な、なん、何しやがるんだ、団長!?」
 一体どこから現れたのか――――否、そんな事よりなんて事をしてくれたのか。箱の中に詰まっていたチョコレートは一瞬にして、マジックのように神威の口の中に消えてしまった。
 神威はガリガリと乱暴に咀嚼し、ごくりとそれを飲み込むと、
「ん、やっぱ愛情が込められてる分、俺のやつの方が美味しいね」
 と、なんとも失礼な感想を述べたのだった。
「アンタ……」
 あまりの出来事に、阿伏兎は怒りも恨み言も言葉に出来ない。
 まるで陸に上げられた金魚のように口をぱくぱくさせていると、神威はにこりと微笑んで阿伏兎の前に小さなチョコレートを置いたのだった。
 値段にしておよそ十円ほどの価値しかもたないそれを押し付けて、
「等価交換だよ」
 と、不平等な取引を一方的に突きつけたのだった。

 何が等価交換だ――――
 十円チョコを噛み砕きながら、阿伏兎は思う。
 てめェの言う等価交換にはチョコレートの価値など含まれておらず、のチョコの持つ義理や真心と同じだけの嫉妬と独占欲を、チョコレートに乗っけて叩きつけただけじゃねェか。
 もう一個食べる? と聞いてきた神威に、阿伏兎は腹は十分膨れたと、顔をしかめて見せた。




end


相変わらずの横暴っぷり。
団長の置いたのは、チ○ルチョコきなこ味。