「二人揃って並んで寝てるだけかもなぁ!」
「いやいや、待てよ。オンナは白兎だって言うじゃねぇか」
「愛玩用の夜兎って奴か? くぅ、いいなぁ。あいつら古今東西のエロいテクを叩き込まれてんだぜ?」
「へぇ、じゃあ股間の雷槍も気持ちよく収めてくれるってか」
美女に野獣
世の中には恐ろしく命知らずな馬鹿もいたものだ。
その光景を目の当たりにした、阿伏兎がまず思ったのはその事である。もしかして自殺志願者なんじゃないかと思う。
正面きってと阿伏兎の目の前で、そんな猥談をいやらしい笑みを浮かべて繰り広げたからだ。股間の雷槍と来たモンだ。うまい事でも言ったつもりか、男はなんどもそのワードを繰り返す。
嗤いながら。下劣な笑みを浮かべながら。
そろりとの顔色を伺うと、は無表情を通している。
が、
あ、ダメだ。キレてやがる――――
この娘は神威と違い、戦闘の際に笑みを浮かべるといった分かりやすい反応がない。むしろ逆に寡黙に、無表情になる。怒りを露にしない。だからこそ恐ろしいのだ。
は無表情のままスタスタと歩みを進める。武器は手にしていない。その紅いチャイナドレスの下に、いくつも物騒な武器を仕込んでいる事を知っているが、それを徐に手にする事もなく、それがさらに阿伏兎の不安を煽った。
が武器を手にするのは、それが彼女のポリシーだからだ。
そのポリシーを忘れるほど怒り心頭だと言うなら、男たちに生き残る道はない。どこの馬の骨とも知らない連中なら、南無三と念仏でも唱えてやるところなのだが、ここは元老院の膝元で相手も春雨の構成員なのだ。
阿伏兎ははぁっとため息をつくと、腰にくくりつけた傘をすらりと抜き、大股で踏み込んだ瞬間、全力で男どもをなぎ倒した。阿伏兎の怪力に弾かれ、男たちの身体がゴムボールのように壁に叩きつけられる。
その場に居合わせた者たちは、皆粉塵を巻き上げる壁の方を注視していたが――――すっと、鋭い刃が阿伏兎の頬を掠めた。
「ここじゃ止めとかねェか? これ以上、目立つつもりはねェよ」
と、両手を挙げて降参を示しつつ阿伏兎が呟く。
その背後、阿伏兎の背に隠れるように立つは、鋭い刃を阿伏兎の首のすぐ横、いつでも刎ね飛ばせる位置に向けていた。
「誰がこんなこと頼んだ?」
の、普段に比べ低い声が告げる。
獲物を目の前で屠られ苛立っている。の凍傷に至らしめるような冷たい怒りが、空気を渡ってぴりぴりと肌を刺激する。
「オイオイ、頼むぜ。俺だって目の前で団長を馬鹿にされりゃ怒りもするんだぜ? それにアンタにあんな雑魚の相手をさせるわけにもいかねェ」
「どういう意味?」
阿伏兎は両手を挙げたまま、ゆっくりと振り返った。
へらり、と軽薄そうな笑みを浮かべつつも、阿伏兎も確かに怒りを感じていたのだ。そして同時にある使命感を抱いた。
にあの男たちを殺させてはならない、と。
知ってるだろ、と阿伏兎は前置きする。
「我等が団長様は恐ろしく嫉妬深いんだよ。アンタが詰まらん男をブチ殺したなんて聞いたら、きっと嫉妬で狂っちまうよ」
殺意さえも愛情の一部と思う男なのだから。
に本気の殺意をぶつけられた事を、冷静に受け止めることなど出来ない。そして、きっと阿伏兎をこうなじるに違いない。
『お前も大概役に立たないね。がそいつらを殺す間、お前は後ろで指を銜えて見てたの?』
と。
もしかしたら、さらにこう付け加えるかもしれない。
『さぞかしは魅力的だったろうよ。夜兎の狂気を露わにさせて、全力で破壊するは。お前はそんなを見て劣情でも抱いてたのかな?』
もし反論を赦されるのなら、阿伏兎にはそんな倒錯的な趣味も嗜好もありはしない。暴力をエロティシズムに置換できるアンタみたいな上級者じゃねェよ、と言ってやるかも知れない。
が、もしそんな状況に陥ったなら、きっと阿伏兎に発言など赦されない。口を開いた瞬間、神威に殴り飛ばされるのは必須だ。
だから。
に殺させるわけにはいかないのだ。
納得いかないような顔をしていただったが、神威のそういう思考は予想できるのか、それ以上何も言わなかった。聞き分けがよろしい事で、と阿伏兎は淡い笑みを浮かべる。
そして、
「それにな、俺も我慢ならねェんだよ」
不思議そうに顔を上げたに、不敵な笑みを向けて。
「アンタが下賎な連中の返り血を浴びるなんて――――夜兎の雄として赦せる事じゃねェよなあ」
そう告げた阿伏兎の瞳は、鈍く輝く夜兎の狂気を宿していた。
end
同じ夜兎として、目の前で同胞が侮辱されるのは、
夜兎を愛するアブさんとしてはかなり屈辱的だと思います。