殺しの美学
その所業が夜兎らしいかどうかと問われれば、答えはおそらくノーだ。
夜兎ならばきっと七面倒くさい武器など用いない。己の拳で、膂力で、振り上げた暴力で、散々に相手をぶちのめす。そうするはずだ。
だが、ここでが取った行動は、人差し指を曲げて軽く引き金を引く――――という、とうてい夜兎らしくない行動だった。
「ああ、ダメだよ。。全然ダメだ」
声をかけるとがきょとんと目を丸くした。
「なんで? 殺しちゃいけなかった?」
と、見当違いの疑問を口にする。
「違うよ。そうじゃない。闘うってそういうのじゃないんじゃない?」
神威は告げながら、視線を黒光りする火気に移す。
小さな鉄の塊の癖に、引き金をひくだけで誰でも人を殺せてしまうそれ。
美しくないな、と神威は思う。
この不恰好な武器には、個人の強さなど関係ないのだ。弱者でも人が殺せてしまうそれは、強さの象徴とは言いがたい。武器を嫌う神威にすれば、いっそ卑怯者の象徴にも見えた。
そんなものを使わずとも、の強さは十分認めているつもりだ。自分には及ばないが、それでも直に拳を交えた事のある神威は、が夜兎の名を誇っても問題ないくらいに強いと認識している。だと言うのには、夜兎にはまったく似つかわしくない武器を、習慣のように手にするのだ。
「そんなのには必要ないだろ?」
「でも、」
刀の帯刀はわけあって赦した。
が、他の武器は別に曰く付きではないのだろうし不要だ。そんな余計なものを持てば、彼女の素の美しさを阻害するとさえ思っている。
戸惑うの手から銃を奪い、笑顔で促す。はため息を一つ零すと、身一つのまま、
敵味方入り乱れる戦場へと足を踏み出した。
そして、半刻の後――――
「ん」
と、返り血と汗を手の甲でぬぐいあげたに、神威がつまらなそうな顔で銃を返した。
が怪訝そうな顔をすると、想像以上に良くなかった、と答えた。
「どういうこと?」
不思議そうにが尋ねたが、神威は質問に答えず、あーあと両腕を後ろに組んで去っていく。何があーあなのかよく分からず、が顔をしかめていると、にやけた笑みを浮かべた阿伏兎がどこからともなくやって来た。
指先から顔まで返り血を浴びたを見据え、くつくつと笑みを零す。
「可笑しいだろ。あれで嫉妬してるんだぜ?」
「嫉妬?」
「ったく、勝手だよなァ。テメェで武器奪っておきながら、テメェで勝手にイライラしてんだよ」
いや、この場合はムラムラか――――
くくっと阿伏兎が喉の奥を振るわせる。
「銃で殺るより素手で殺る方が、殺意の具合が深いんだとさ。俺ぁどっちも同じだと思うんだが、団長が言うには違うんだと。で、自分で勧めておきながら、それに嫉妬しちまった」
「わからないよ」
阿伏兎の言っている意味がよくわからない。
そもそも殺意とは恐怖に繋がるものではないのか。
だが阿伏兎は、そこは我等が団長様、と前置きして、
「アンタが誰かに強い殺意を向けるのが、気に入らないんだとよ」
殺意も愛情もすべて、関心を向ける先は自分独りでいいと本気で思っているのだ。
他人などすべて必要ないとばかりに。本気でそう思っているのだから、まったくもって困ったものである。
が言葉を失って呆れたような顔を作っていると、遠くから神威が大きな声での名を呼んだ。
「ねぇ、早くシャワーでも浴びたら? その血まみれの格好、けっこうイライラするんだけど?」
どこまでいっても唯我独尊。深い殺意を見せ付けられるくらいなら、嫌いな武器を振り回してくれた方が幾分かましらしい。
end
夜兎の誇りを傷つけるような武器なんて使って欲しくないけど、
他人へ向けた殺意を見せ付けられるのもイヤ。
神威しかわからない奇妙なジレンマ。