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 前略、天国のマミー

 お元気でしょうか? は遠い星で元気に暮らしています。
 殺し屋稼業は廃業して、今は宇宙海賊・春雨の一員として、星々を巡っています。海賊という仕事があっているかは分かりませんが、頑張って働くつもりです。
 ところで、男性とお付き合いする時は、交換日記から始めなさいという言葉を、覚えておいででしょうか?
 はその言葉を守って今まで暮らして来ましたが――――ごめんなさい、マミーとの約束を破ってしまうかもしれません。
 なぜなら……ただいまは、貞操の危機なのです。




 

愛人稼業





「しつっこい!」
 は渾身に力を込めて、神威の顔を蹴り飛ばした。
 が、その蹴りを顔面で受けつつも、神威の身体はぴくりとも動かなかった。を押し倒すような格好のまま、浮き上がった上半身を再びベッドの上に押し倒そうと手を伸ばす。
 その手に自分の手を組み合わせて、は必死に抵抗するのだが、力の差は歴然。じりじりと押し込まれそうになる。
「いい加減、観念しなよ」
 の足首をもう一方の手で抑えて、神威が妖しい笑みを浮かべた。いつもの殺人笑顔とは違う、誘う様な男の色気を含んだ蠱惑的な笑みである。
 その笑みにドキドキと鼓動を早くしながら、も負けじと顔を険しくさせた。
「私、交換日記からって言った!」
「言ったけど俺は承諾してないよ。それに……ここまで耐えただけでも、表彰ものだと思うけど?」
 巨大戦艦の中とはいえ、惚れたオンナと一つ屋根の下。今まで理性を保って来た事を、むしろ褒めてくれと言わんばかりの口振りである。
 それにさ、と神威は口元に笑みを浮かべて囁く。
「俺たち……もう知らない仲ってわけでもないんだし」
「!!?」
 途端、は火を吹きそうなほどに赤面した。
 かつてが殺し屋稼業を続けていた頃、二人は一度だけベッドを共にしたことがある。その時は結局、途中で終わったわけだが、未遂とはいえ身体を繋ぎ合わせたのは事実だ。
 の中では黒歴史、むしろ無かった事になっているわけだが、こうして指摘されると必要以上に反応してしまうのである。
 は顔を真っ赤にして手刀を放ったが、その力を利用して、神威はぐいっとの身体を引き寄せる。
 そしてベッドの上にうつ伏せに倒すと、身体の動きを封じる様にその上に覆いかぶさったのだった。
「もう逃げられないよ」
 苦しいほどに押さえつけられて、熱い抱擁を受け、胸が潰れそうになる。

 耳元で名を呼ばれただけで、頭がくらくらする。
……君をちょうだい」
 熱い吐息を頬に受け、身体の中の熱が暴れ出す。
……ねぇ、……」
 うわ言のように繰り返しながら、神威の唇が撫でる様に耳朶や首筋に触れる。
 それだけで触れられた箇所が熱を持ち、ぐずぐずに溶けてしまいそうになった。
 何も考えられなくて、恥ずかしさとわけの分からない感情に支配され、涙が出てしまいそうだ。
「かむ……い」
 名を呼ばれ、神威が一瞬ふわりと笑んだ気がした。
 神威はゆっくりと指先を這わせ、のすらりと伸びた足を撫で上げると――――
「や、やっぱりムリーー!!」
 が叫んだのと同時に、轟音と共に二人を乗せたベッドが叩き割れたのだった。





「その首の上についてんのは、ステキな置物ですかァ、あぁん?」
「すみません……」
 は床の上に正座して、深々と頭を下げた。
 眼前にはしかめっ面の阿伏兎。頭部と右腕を包帯でぐるぐる巻きにしている。
「何度同じコト繰り返せば学ぶんだ、このスットコドッコイ。ベッドは壊すわ、部屋に穴は開けるわ、殺し合うなら二人でやりやがれ、このバカップル」
「バ、バカップル!?」
 は顔を赤くして反論しようとしたが、すぐさま阿伏兎に睨まれて口を噤む。
 事あるたびに暴れては、家具は壊すし、壁に穴はあける――――他人に言わせれば、とんでもないバカップルである。
 しかもそれだけで済めば良いものを、最終的には神威が折れる事になるため、欲求不満に陥った神威が憂さ晴らしとばかりに暴れるのだ。しかも、めちゃくちゃ不機嫌な顔で。
「さっさと一発ヤらせてやりゃいい、面倒くせぇ」
「い、一発って……!」
「おーおー、一発と言わず、二発でも三発でも好きにしろってんだ、このスットコドッコイ。こちとら団長を止めるだけで、この有様だ」
 治療費と修繕費はアンタに稼いでもらうからな、と告げて、阿伏兎は包帯を巻いた腕を高々と掲げるのだった。





 前略、天国のマミー

 お元気でしょうか? は遠い星で借金まみれの生活に陥りそうです。
 海賊稼業は稼げるのですが、諸所の事情があり日に日に借金は嵩むばかりです。
 マミーは男性とお付き合いする時は、交換日記から始めなさいという言葉を、覚えておいででしょうか?
 はその言葉を守って今まで暮らして来ましたが――――ごめんなさい、マミーとの約束を破ってしまうかもしれません。
 私の貞操が奪われるのが先か、借金で首が回らなくなるのが先か――――どうか、がヒトの道を踏み外さないで済むよう、遠い空から見守っていて下さい。

                                  かしこ




end


殺し屋稼業を廃業して、愛人稼業にジョブチェンジ!
……したはずが、なかなか上手くいかない二人でした。
神威は大人しい顔して、ガッツリ肉食系だと思います。
きっとスローガンは押せ、押せ、押し倒せ。