猛獣使い
たったったったっと、リズミカルな足音が近づいてくる。静雄はゆっくりと目を開け、屋上の扉の方へと目をやった。
ぴたり、と足音が止まると、次の瞬間バン! と扉が開いた。
現れたのは勝気そうな黒髪の少女。
静雄の姿を確認すると、上履きの底を鳴らして向かってくる。
「静雄! また校内で暴れたんだって?」
静雄は面倒くさそうに顔を上げる。
だめじゃないの、と子供を叱るような口調が苛立った。
この少女の事は嫌いじゃない。むしろ、静雄を怖がらずに接してくれる、数少ない理解者だ。
だが、こうして何かある度に叱りに来るのは辟易した。
「また、臨也がちょっかい出したんでしょうけど、いちいち反応してたら身がもたないでしょ? ああいう寂しい構ってクンは無視するのに限るの」
「……臨也じゃないっすよ。ノミ蟲です」
「ああ、はいはい、ノミ蟲ね。わかったから、これからは校内で暴れないよーに。もちろん、街中でもね」
そんな事、臨也がこの世に存在する以上無理な話なのだが、この一つ年上の少女に言われるとつい素直に従ってしまいそうになる。
どうせ本人だってそんな約束はできないとわかっているくせに、なぜ毎度毎度自分たちに関わるのか。
「先輩は……なんでこんな事するんすか」
尋ねるとはきょとんと目を丸くした。
それから、肩の腕章を見せ付けるようにして、
「風紀委員だからかな」
と、笑う。
そんなのは嘘だ。静雄の暴走も臨也の凶行も、もはや高校生の風紀委員が取り締まれる範疇を超えている。いくら彼女が委員長で、周りから信頼されているとはいえ、そんな恐ろしい事を委員会が許すはずはない。
となると、これは個人的な彼女の行動となるのだ。
なぜそんな危ない事を、と怪訝そうな静雄の顔に気づいたのか、はそれにね、と続けた。
「静雄も臨也も弟みたいで放っておけないんだよね。やる事は確かにタチが悪いけど、あなた達まるで子供みたいなんだもん」
だから仲良くね? と微笑んで静雄の頭をくしゃくしゃと撫でる。
あんなノミ蟲と仲良くなんて、反吐が出そうだが、の手前それは黙っていた。
それよりも――――弟という言葉が気にかかって、静雄はぷいと顔を背けた。
「……約束はできません」
と適当な返事を返し、静雄は屋上を後にした。あのままといたら、何か――――何か別の言ってはいけない事を、口にしてしまいそうだった。
静雄が去った後、は閉じられた屋上の扉をじっと見つめていた。
と、そんな背中に声をかけるように、給水タンクの陰から臨也がひょこりと顔を出す。
「あんな事言ったって無駄だよ。シズちゃんが俺と仲良くなんてするはずないじゃん」
は臨也の方を振り返り、非難するような顔を見せた。
驚かない所を見ると、もともと臨也がここに隠れていた事に気づいていたらしい。
「私は二人に言ったの。そもそも! 臨也が変なちょっかい出さなければいいだけでしょ?」
今度はこちらに矛先が向いてきた。
叱られるのは柄じゃないんだよね、と臨也は密かに肩をすくめる。
「無理な話だよ。俺とシズちゃんが仲良くだなんて……想像するだけで気持ち悪い」
だったらちょっかいも出さなければいいのだが――――そういう話は臨也には通じない。
は呆れるようにため息をついた。
「大人しければ可愛いのにね」
と、高校生男児にとって、さして嬉しくもない褒め言葉を呟く。
こんな言葉でホネ抜きにされるなんて、シズちゃんはとんだ馬鹿だ。
と、そんな事を思いつつも、臨也にとってもの存在は自分にたてつく数少ない反抗者だった。
臨也の力と謀略を以ってすれば、などたやすくねじ伏せる事ができるだろう。
だが、それではつまらない。
がそんな事で消えてしまうのは、勿体無い。
「さんってば、猛獣使いだねー」
不思議そうな顔をするに向かって、臨也は褒め言葉だよ、と付け加えた。