Text

メモリー・ロスト 04





 ベッドに横たわった身体は小さく、きつく目を閉じた顔は紙のように真っ白だった。
 静雄はベッドの傍らの椅子に腰掛け、の顔をじっと見つめた。
 あれから数年経っている。すでに二十代の半ばくらいの歳であろうに、その姿は高校時代のそれと何の違いもなかった。まるで過去から抜け出して来たような姿に、静雄は焦がれるように胸が熱くなるのを感じた。
 忘れようとして、いつまでも忘れなかった女性。
 ある日、突然いなくなり何の連絡もないまま消えてしまった彼女は、昔と変わらぬ姿で帰ってきた。
 目を覚ましたら、何を話そう。
 怪我を負わせてしまった事か、ここ数年の出来事か。
 あの日のあの告白を最後に、静雄はと話をしていない。フラれた後、自分たちの関係が友情でも続くのかどうかわからないまま、それは一方的に絶たれたのだった。
 一瞬。
 は静雄の告白が元で姿をくらましたのではないかと思った。確かにあの時、静雄がフラれたのを逆恨みしてを攫ったのではないか、などという下らない噂が流れたのは事実だ。
 事実はどうあれ、そういった噂に嫌気が差して、彼女はいなくなったのだろうか。
 そんな馬鹿なことなどありえないと思いながら、どこかで自分を責めていた。もしかしたら、あの告白さえなければ、俺達はずっと一緒にいられたのではないか。たとえそれが、先輩と後輩という線を引いた関係でも、共に居られたのではないか、と。
 そんな後ろ暗い後悔を感じながら、静雄はこの数年を生きてきたのだった。
「う……」
 長い睫毛を震わせ、が小さく身じろいだ。
「先輩」
 静雄の呼びかけに応えるように、がゆっくりとその双眸を開く。
「ここは……」
 頭に手を当てて、ゆっくりと身体を起こすと、傍らの静雄に視線を向けた。
 静雄は、の反応は驚くか怒るかのどちらかだろうと思っていた。事情はどうあれ、静雄はを巻き込み、傷つけたのだ。数年前の一件では心を、今日の一件では身体に傷をつけた。素直に謝ろうと思っていた。
 だが、は何も言わず、ただ静雄の顔を見つめるだけで
「あの……」
 おずおずと言った風に、が口を開いた。
 そして、
「どちら様でしょう?」





「記憶喪失」
 と。
 その使い古されたドラマの設定のような言葉を、新羅は腕を組んで顔をしかめたまま呟いた。
「今、流行のロストって奴かな」
「あんなモンが本当にあんのかよ」
「実在のほどは知らないけどね。でも、記憶喪失者が増えているのは本当」
 事実、目の前にいる彼女は、始終怯えたような顔で、静雄と新羅の会話を聞き入っている。静雄も新羅も彼女とは顔見知りだったはずだが、懐かしがるような素振りすらない。
「あー、ええと……名前、分かります?」
 自分を指差して訪ねると、はふるふると首を横に振った。
「こっちは?」
 と、静雄を指差して聞くが、こちらも同じように首を横に振る。
 静雄と新羅は揃って落胆のため息をついた。
 本当に知らないのだ。
 かつてが二人と同じ高校に通っていた事も、静雄が一世一代の告白をした事も。何もかもが抜け落ちている。
 こうなってしまうと何から話しをすればいいのかすらわからない。どうしようか、と二人が額を突き合わせるようにして、こそこそと相談していると、がおずおずと遠慮しがちに声をかけた。
「あの……」
「え、っと、はい?」
 は瞳を伏せ目がちにすると、一瞬戸惑うような表情を見せて、
「私は……誰なのでしょう?」



end


記憶喪失ヒロイン。
なかなか話が進まない……