メモリー・ロスト 02
「とりあえず……そろそろ事情を知りたいんだけどな」
まくり上げた白衣の袖を下ろしながら、岸谷新羅はゆったりとソファに身をもたせた。
「それより容態を話せ! 大丈夫なのか!?」
「命に別状はないよ。というか、頭をちょっと切った程度だったよ。派手に血が出たかもしれないけど、傷事態は大したことない」
対峙するように座っていたバーテン服の男は、ぐったりと上半身を後ろにのけぞらせ、深く深く安堵の吐息をついた。
「なんだい、君らしくもない。まあ、さすがに人を殺したとなれば、善良な一市民である俺も市民としての義務を果たさなくちゃいけないだろうけど、でも今更君が人を一人や二人殺したくがはっ」
とりあえず目に付いた置時計を投げつけて新羅を黙らせる。
痛いなぁ、もうなどとぶつくさいいながらも、手加減してやったのだからそれほどダメージは大きくなかったはずだ。
「で、もう一度いうけど、どういう事情なのかな? どうして静雄があの人と――――
さんと一緒にいるの? 彼女、何があったの?」
新羅は眼鏡を光らせて下から覗きこむ様に、静雄の顔を見やった。
「しらねぇよ」
と、そっぽを向いて静雄。
「おいおい、当事者の君がしらねぇってのは、些か無責任じゃないのかい。それとも当事者じゃないのか? だとしたら、どうして静雄が血まみれになった彼女を僕のところに運んできたんだ」
正直言うと、血まみれの静雄が玄関に立った時、新羅はついに静雄が人をあやめたのではないかと思った。本人は人を傷つける事をひどく嫌っているが、いつかあの力が暴走したらそういう事もあるかもしれないと思った。静雄自身が考えたのか、誰かの入れ知恵かはわからないが、その時きっと自分のところをたずねるであろう事を新羅は何となく予想していた。傷の手当のためではない。死体の処理のためにだ。
闇医者として腕を振るう一方で、人の死を暗黙のうちの処理する術を己は知っている。コネもあるし、いざとなれば自分の力のみで、人ひとりの存在をこの世から跡形もなく消してしまう事ができる。
まあ、セルティはこういうのが嫌いだから、とても明かせないけどね――――
同居人のデュラハンは思いのほか人情深いのだ。自分のこういうダークサイドは、とても見せられないし、見せたくない。
「トムさんがお前のこと覚えてて、とりあえずそこで診て貰えって言ったんだよ」
その当のトムさんの姿はここには見当たらない。静雄が言うには、現場の後始末をしにいった、との事だが、もし自分だったらいの一番に逃げたのではと疑ってしまう所だ。
もっとも彼は外見の軽そうな容貌に似ず、意外と後輩思いだ。死に掛けの女の子を任せて、静雄を切るような真似はしないだろう。
「で、君の話を繋ぎ合わせると、つまり事故だった、と。そういうことだね?」
たまたま債務者の若者を宙に放り投げたら、落下点に女の子がいた、と。そして、たまたま女の子の所持していた拳銃が、地面に落ちて転がっていた、と。そういうことだ。
「う〜〜〜ん、君以外の人が同じことをいったら、何を寝ぼけてるんだい、一発注射でも打っていく? と勧めるところだけど、君のことだからたぶん本当なんだよねぇ」
「だからさっきからそういってんだろうが!」
「あ〜〜〜〜、でもね、静雄。僕はなんていうか、これはあまりに出来すぎないような気がしてならないんだよね。神様の悪戯というわりには、恣意的すぎるというか…」
「あ、何が言いたいんだよ?」
新羅はだってさ、と呟いて、眼鏡の端を光らせた。
「彼女、行方不明だったじゃない」
end
闇医者宅に来ました。
次回、ヒロインと静雄の関係について。