メモリー・ロスト プロローグ
秋の涼やかな風を受けて、長い黒髪がさらさらと流れる。
茜色の夕陽を背にしているためか、まるで彼女自身が光を放っているようで、静雄は一瞬息を止めた。
「話しって?」
と、長い髪を耳にかけながら彼女が問いかけた。
小柄な体格のせいか、ちょっと上目遣いで見るようにして、静雄の顔を見つめる。その視線を受けるだけで頭がどうにかなってしまいそうだった。
「あ、あの……」
「ん?」
「俺と、……俺と付き合ってくださいっ!」
腰を九十度に折るようにして、静雄は頭を下げた。こんな告白、まるで八十年代だ。
それでも、静雄には直球に思いを伝えるほか、口にできる愛の言葉がなかった。
少女はきょとん、と目を丸くし、まるまる一拍間を空けてから、笑った。
その困ったような笑顔を、静雄は一生忘れる事はないだろう。少女はいつも彼女が無意識にするように静雄の頭をそっと撫でて、
「ありがとう。でも……ごめんね?」
ばくばくと心臓が弾けそうになる。
静雄は何か祈るような縋るような目で少女を見つめる。その後の言葉は聞きたくない……聞きたくないのに――――
耳を塞ぐことすら、その場を立ち去る事すらできず、唯呆然と立ちすくむ。
少女はそっと左手の薬指を見せて、
「私、臨也と――――だから」
音が、世界から無くなったような気がした。
何もかも失われて、この世に自分独りが取り残されるような虚無感。
少女はまるで映画のワンシーンのように、ぺこりと頭を下げて、美しく、背を向けて駆け出した。
長い黒髪がきらきらと夕焼けに輝く。
きらきら、きらきら、きらきら、と。
そして、静雄は力なく両膝を付き――――ピピピ、ピピピ、ピピピピ――――
「だあああああああ、うるせえええええええっ!」
ぐしゃりとまるで卵を握りつぶすように目覚まし時計を丸めて、そのまま床へと叩き付けた。まるで隕石でも落ちたかのように、床からしゅうううと白い煙が立ち上る。
そこでようやく夢を見ていたのだと気づき、静雄は深くため息を付いた。
最悪だ。
ここしばらくは思い出しもしなかったのに、なんで今更あんな夢を――――
しかも、夢の中とはいえ天敵・臨也の名を聞いたことに無性に腹が立つ。
あの人からは、絶対に聞きたくない名前。現実だけでも十分なのに、それを夢にして何度も何度も繰り返し見るとは。
「っくそ、寝覚めが悪ぃ」
眠気覚ましに煙草を一本口に放り込むと、苛立たしげにカチカチと火をつけた。
end
勢いで長編を始めてしまいました。
たぶん亀更新ですが、よろしくお願いします。