愛の言葉
「容姿端麗。学業優秀。スポーツ万能で、そのうえ人望も厚い――――っと、まるで漫画の中の人みたいだね」
と、その青年は笑って見せた。
誰もいない理科室。壁際の薬品が詰まった戸棚から、わずかに薬の匂いがする。
「……私に何の用? 折原臨也君」
青年に対峙するように立つ、黒髪の少女。臨也が称したようにその姿は、はっとするような美少女だ。
下駄箱に一昔前のラブレターのような手紙が入って居たのは今朝の事。
『本当のあなたに会いたいです。放課後、理科室でお待ちしています』と。
一見すればまるで告白の呼び出しのようだが、相手はあの折原臨也だ。
学年は一つしただが、そういう人物なのかは十分に聞き及んでいる。平和島静雄と並んで、この学園の二大問題児の一人だ。
何が起こるか分からないと身を引き締めて来たところ、対峙した瞬間にあの言葉を言われた。
「そんなに慌てないでよ。こういうのは順序が大切なんだから」
「こういうのって?」
「そりゃ、もちろん愛の告白」
はぱちぱちと瞬きを繰り返して、そのままくるりと回れ右をした。
「あれ、どこ行っちゃうのー?」
「帰るの。からかうんだったら、別の子にして」
折原臨也が告白?
まったく人を馬鹿にしている。あんなニヤニヤした顔で、愛の告白などされてたまるか。
が扉を開こうとすると、臨也がぴしゃりと力まかせに閉め、それを封じた。扉に手を置いたまま、至近距離での顔を覗き込む。
「愛しています。好きです。大好きです。もう、めちゃくちゃにしたいほど、大好きなんです」
なんだその告白は――――
は臨也の顔を見上げ、はあとため息をついた。
どうやらこの茶番に付き合わないと、帰してもらえないらしい。
「それで……? 私にどうして欲しいの?」
投げやりに聞くと、臨也はにっと唇の端を釣り上げた。
「もちろん、俺の事を好きになってもらいたいかな。俺がさんを好きなだけ、同じように俺を愛して」
「……私たち、今日はじめて会話すると思うんだけど?」
「そうだね。でも、愛があれば時間とか関係ないでしょ」
一体、どういう理屈だと、は胸中で毒づいた。そもそもの方に愛など存在しない。
が、臨也はあくまで自分のペースで淡々と告白を続ける。
「それに俺はさんのこと、けっこう知ってるつもりだよ。だから――――本当の君に会いたいな」
はぴくりと眉根をひそめて、臨也の顔を見つめ返した。臨也の綺麗な瞳が、すっと細められる。
「さんって本当に完璧だよね。完璧すぎて――――その化けの皮を?いでやりたくなるよ」
酷薄な笑みを浮かべ、折原臨也の顔がゆっくりと寄る。今すぐにでも取って食われてしまいそうな、ぎらぎらと光る瞳がを捉えた。
「ねぇ、本当は虚構の自分を演じるのに疲れてしまっているんじゃないの? 本当の君はこう考えているはずだ。辛い。苦しい。もう消えてしまいたい――――って」
「なにを……」
「俺はね、どうしてさんがそういう歪みを抱えているのかに、興味があるんだ。完璧な人間がうちに秘めた歪んだ真珠。それを暴くのは――――きっとすごく楽しいと思うんだよね」
だから俺は君が好き。
君をめちゃくちゃにしたいほど、大好きなんだ。
狂気をはらんだ愛の言葉が、まるで呪いのように耳に流れ込む。
「やめてっ!」
は思い切り臨也の身体を突き飛ばすと、脱兎のような速さで理科室から飛び出した。
その背中を臨也はくすくすと笑いながら見つめる。
呪いはこれで十分。
あとはじわりじわりと、獲物が弱っていくのを待つだけ。
「愛してるよ、さん。だから、ねぇ、君の傷口を見せて――――?」
誰もいない部屋の中で、唯、愛の言葉が流れ零れる。
end
完璧だからこそ、その完璧を崩す傷が好き。